——”free me”は「こういうサウンドも歌うんだ!」という衝撃もありましたし、歌詞もいいですよね。サビでは「I want be free / Free from me, free from you」と繰り返されますが、この曲の背景にある「不自由さ」とは、どういうものなのでしょう?
butaji 自分の創作におけるテーマかもしれないですけど、僕はポップスにおけるシスジェンダー的な視点、ヘテロセクシャル的な恋愛観とは異なる思想を持っていて。自分自身がマイノリティだから、当事者として違和感を覚えるんですよね。それがまず前提にあって。
——ええ。
butaji ”free me”で歌っているのは解放運動、自分が自分自身であるための闘いですね。生きるというのはどういうことか、自分がどんな人間なのかを認知していく過程というか。(人生には)いつか終わりが来ることはわかっているわけで、だからこそ、その過程をどこまで身を焦がして生き続けられるかが一番大事というか、それこそが生きるということだと思うんです。そのテーマソングという感じですね。
後藤 ”free me”は象徴的かもしれないけど、他の収録曲にも通じるものを感じていて。折坂悠太くんと共作した“トーチ”(折坂が作詞、butajiが作曲)って、変な友だちを許容していく歌ですよね。「お前変なやつだよね、でも俺は好き」みたいな感じで、人との違いを愛おしく思うような歌詞で。これって今の時代にすごく大事な態度ですよね。「そのままでいいよ」と言ってくれている歌、それこそが“トーチ”という。とてもいいなって思いますよね。そう言われたいし、言い合いたいよね、みたいな。
butaji 素晴らしい歌詞だと僕も思いました。
後藤 ”free me”では社会の厳しさに立ち向かっているけど、アルバム全体としては「闘う」だけではなく、ありのままでいいと許容してくれる柔らかさもあるというか。「もう少しやさしい抱きしめ方があるよ」と言ってくれているようにも感じました。「だって悲しいじゃん、もともと俺たち」みたいな。「生まれてきたことは 死んでしまうということ」という歌詞もあったけど(“acception”)、人間が人間であるがゆえに拭い去れない悲しみも歌われていますよね。僕がよく引き合いに出す、ビートルズの”In My Life”も去りゆく人について歌っていますけど、あの曲にも通じるような悲しみが、butajiさんの作品にも通奏低音として流れているような気がしました。
——「APPLE VINEGAR –Music Award-」はすぐれた作品を祝福するとともに、音楽業界のこれからについて考えるアワードでもあると思うので、そういう観点からbutajiさんに質問です。これまでインディペンデントなアーティストとして活動しながら、「もっとこうなったらいいのに」と考えたりすることはありましたか?
butaji うーん、あんまり周りのことはわからないですね。でも、SNSって良くないと思います(笑)。
後藤 ははは(笑)。
butaji 声がデカイっていうのはいいことじゃないと思います。うっすら記憶しているのが、ミュージシャン自身がセルフブランディングを考え、マーケティングを展開しないといけないっていう自己啓発的な指南書が、Twitterの黎明期に出ていた気がするんですよね。そこからズレていった気もします。
後藤 確かに、書店に行ってもロクでもない本ばかり面出しされているというか。「俺はビジネスしなきゃいけないのか?」みたいな(笑)。今はあらゆる分野でそうなっているけど、「音楽はそういうものじゃないでしょ?」っていうのは思いますよね。それこそ、「話を聞きたい」と呼ばれて行ってみたら、音楽ビジネスについての集まりだったりして。「ストリーリミングってどう思いますか?」みたいな。もちろん大事じゃないとは言わないけど、「それより音楽の話がしたいんだよね」という気持ちがずっとある。「バズらないと売れないぞ」みたいな話を聞くと、放っといてくれよって。
butaji 脅迫みたいですよね。
後藤 みんなが東京ドームでやりたいわけじゃない、他の幸せもあるんだよって。キャパ20人のカフェでも、友達5人の前でも、なんならバンドで集まってセッションしているだけでも音楽は楽しいわけだから。
——フォロワー数や再生回数が、そのまま音楽の価値とイコールであるかのように語られすぎているというか。
後藤 そうですよね。
butaji これも評価軸がないことで起きている問題だと思うので、そういう意味でも「APPLE VINEGAR」は希望じゃないかなと思います。
後藤 アワードを続けることにストレスやプレッシャーも感じるけど、みんなで讃え合っていきたいというか、ミュージシャンが励まされる機会があまりにもなさすぎる(笑)。 周りの友だちがレコード大賞とかを獲るイメージがまったく湧かないですもんね。だからせめて、みんなで機会をシェアしたり、想いを渡し合うのが大事かなって。誰かがいいアルバムを作ったとき、拍手が送られるような世の中になったほうがいいと思うんですよ。でも実は、こういう考え方を用意したのはSNSだったのかもしれない。昔、まだこんなにつながってなかった時代は、それぞれ居酒屋とかで妬み狂っちゃって……。
butaji ははは(笑)。
後藤 「なんであんなのが売れてんだよ」みたいなこと言っていたものだけど、そういうノリをSNSでやったら炎上しまくって、人の悪口を言うことが不毛であることに誰もが気づかされた(笑)。それよりも、人の成功を喜ぶほうがずっと楽しいわけで。あとは、butajiさんも自分の音楽について「時代に対するカウンター」と仰ってたけど、罵詈雑言で埋め尽くされているがゆえに、そういう言葉とは別の言葉を置いていく責任が、作り手の僕たちにはあるんじゃないかなって。
butaji そう思います。
——butajiさんは今後、どのような活動をしていく予定ですか。
butaji バンド編成のライヴ活動を本格的に始めていきたいですね。夏以降、数を打っていこうと思っています。バンド、楽しいんですよね(笑)。
後藤 楽しいですよね、人と音楽を鳴らすの。
butaji そうそう。自分の音楽もフィジカルを求めているというか。もともと打ち込みから始めましたけど、今はみんなと演奏する場を作ることに意識が向いているのかもしれない。
後藤 いいですね。仲間たちと作ったbutajiさんの音楽が、リアルな現場へと開かれていく感じ。この音楽がどんなふうに空間を揺さぶるのか興味深いし、僕もぜひ観てみたいです。