2022年3月15日、5年目を迎えた「APPLE VINEGAR –Music Award-」の選考会が、昨年に引き続きZoomで行われました。審査員は発起人の後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、ヒダカトオルさん(THE STARBEMS/GALLOW)、福岡晃子さん(チャットモンチー済/イベントスペースOLUYO社長)、Licaxxxさん、三原勇希さん(タレント)、そして今年から有泉智子さん(MUSICA編集長)を迎えた計6名。ノミネートの作品数もこれまでの10から12へ増えたこともあり、より多角的に、様々な視点から現在の日本の音楽シーンにおける新たな胎動について語り合う場となりました。
「今年もみなさん参加してくださって、本当に感謝しかありません。なかなか大変な仕事だと、自分でもやりながら思うんですけど、今年も楽しく各作品の魅力について話せたら嬉しいです。よろしくお願いします」という後藤さんの挨拶に始まり、和やかでありながらも鋭い意見や考察が飛び交った4時間超。今年もどうぞお楽しみください。
文:金子厚武
4s4ki『Castle in Madness』
後藤「トラップのビートもロック的なアプローチのギターも入っていて、いろんなもののクロスオーバーを感じるというか、たぶんこれがコンテンポラリーなポップミュージックのサウンドなんじゃないかなって感じました。あとで出てくる(sic)boyもそうですけど、どちらも今を体現しているようなサウンドで、とっても興味深いし、いいアルバムだなって。賞の規模的にはこの作品をリストに入れるかどうか悩ましいところというか、すでにサポートの体制が整ってるところもあるとは思うんですけど、やっぱりいいアルバムだなと」
有泉「NYのPuppetやオーストラリアのZheani、あるいは老舗パンクレーベル「Epitaph」所属のSmartdeathといった参加ゲストも含め、国境もジャンルも、あらゆるボーダーラインがなくなったことが大前提になって以降のアーティストが作る、まさに現代のポップだな、と。すごく面白いですよね。あと、こういうサウンドって、海外のハイパーポップの流れで語られがちだと思うんですけど、4s4kiの音楽にはニコニコ動画で培われてきた日本のポップカルチャーの文脈をすごく感じるところがあって。それが巡って昨今の世界の流れとシンクロしている。それも含めてユニークだし、とても興味を惹かれる作品ですよね」
Licaxxx「私はハイパーポップが始まるよりもだいぶ前にニコ動を通っていて、それがそのまま海外発信される時期を目の当たりにしていたので、その文脈がこういう形でメジャーにというか、普通なものとなってきた今の時代は結構面白いと思っていて。ニコ動的なメロディーの使い方とかは、すでにYOASOBIとかがどメジャーになってるけど、ハイパーポップまで行ったところからの逆輸入みたいな感じが、ここまで来たかって。あと、これはニワトリタマゴ問題みたいにずっと回転してる話だと思うけど、内面的な歌詞はビリー・アイリッシュとかもやってることだから、世界標準な動きなのかなとも思いましたね」
三原「私も詞が印象的でした。彼女の日常の苦しみとか痛みを叫ぶような描き方がすごくリアル。ユニコーンとかキャンディとか、かわいいもの、甘いものを危うい形で描くところとか韻の踏み方も、才能だなと思いました。特に“FAIRY TALE feat. Zheani”の<これも魔法だよ>って繰り返すところがすごく印象に残ってます。個人的な話なんですけど、去年魔女に少し興味を持って、『現代魔女が増えてる』みたいな記事を読んで」
有泉「『現代魔女』ってすごく面白い言葉ですね」
三原「『自分はマイノリティであるという視点を受け継いだZ世代やミレニアル世代の魔女が増えていて、そのアクティビィズムは芸術的な側面をもっている』みたいな話も出ていたんですけど、私の中でこの作品がそういうところとも勝手に繋がって、この彼女の世界観やセンスって、やっぱり芸術的に現代社会を反映してるなと思いましたね」
ヒダカ「みなさん、『あつ森』やられてます? 僕もすごいやってたんですけど、『あつ森』のオリジナル曲を独自に作っちゃったショーン・ワサビくんっていうアメリカ人のクリエイターがいて、すごくポップで面白い曲だなと思って。そういう自由度の高さが、デジタルなクリエイターさんたちの中でここ2~3年一気に高まって、遂に日本でもそういうアーティストさんが出てきたなって、4s4kiさんを見て感じました。特に『フジロック』のライブがすごく印象的だったんです。インドアで音楽を作られる方々は、どうやってライブで身体性・肉体性を出すかがわからないアーティストさんも多いんですけど、4s4kiさんはライブもすごくかっこよくて、レコーディングもすごいしライブもすごい、あっという間にそういう段階になったんだなって、ライブバンドもうかうかしてられないなとすごく思いましたね」
福岡「私も歌詞がすごく特徴的だと思って、ハイパーポップというジャンルの流れからかもしれないんですけど、キュートさとダークサイドのバランスが絶妙で、それがやっぱりキャッチーだし、すごく刺さるなって。それで私もヒダカさんが言ってたみたいに、最初はインドアなイメージ強めだと思ったんですけど、ライブ映像を観たらすごく引き寄せられて」
ヒダカ「全然アウトドアもカッコ良かったね」
福岡「ダークで華があるって最強やなって。ニコ動ってことで言うと、もともと米津くんとかもそうだったと思うんですけど、そこから変化が繰り返されて、トランスフォームして、今はしっかりメインストリームになってるんだなと思いました」
有泉「(sic)boyとかもそうですけど、内省的な表現ーー生きること死ぬこと、内面に抱える精神的な闇や生きづらさを、表現としてアウトプットする際のアプローチや感性みたいなものが変わってきているのを感じますよね。言葉選びにしても音にしても」
福岡「今を生きてる子たちにグサグサ響く言葉をたくさん使ってますよね」
NOT WONK『dimen』
後藤「サウンドデザインが素晴らしいなと思いました。エンジニアでillicit tsuboiさんが参加していて、『振り切ったなあ!』みたいな衝撃を受けながら聴いて、ちょっと嫉妬しちゃうくらいの面白さを感じましたね。でも、とり付く島がないかというとそんなことはなくて、終盤にポリスみたいな曲が入っていて『ちょっとニヤニヤしちゃう』みたいな、そういうユーモアもある。この作品はエイベックスからですけど、苫小牧で活動しながら、独立独歩で新しい冒険をするのはかっこいいですよね。パンクとかオルタナは型にハマりがちで、抽象化しやすいし、形骸化しやすいんですけど、そういうところに安住しないで新しさを追求してるところがすごくいいなって」
三原「私も同じく聴いたときの衝撃がすごい一枚でした。サウンドプロダクション面で。音に溺れるような、音が溶け合ってるような作りがすごいし、7~8分の長い曲も多いですけど、聴いてるとどんどんグルーヴが高まって、曲のなかにどんどん入り込んでいく感じがすごく気持ちいいなって。前作はもう少しバンドの音そのままの感じだったと思うんですけど、女性コーラスとかパーカッションも入ってたり、強いリヴァーブが入ったりしてる今回のアルバムからより多様でポジティヴなフィーリングを感じて、すごく好きです。歌詞自体は必ずしもポジティヴなわけじゃなくて、聴き手が考える余白もあるんですが、音的にはすごくポジティヴで、温かい感じを受けました」
後藤「スタジオでサウンドの実験をしている人たちが暗い気持ちでやってることってほとんどないと思うんですよね。『こんな深いリヴァーブでいいのかな?』って、爆笑しながらやってたりとか。音楽的に進んでるときって、グッドヴァイブスみたいなものが音に宿りますよね。それもこのアルバムからすごく感じます」
Licaxxx「私も今までの印象とは全然違うなと思って、本当に自由度が高くていいなと思いました。DTMでしかできないこと沢山実験してる感じも私は好きです。ツボイさんを認識したのがodd eyesのアルバムのミックスだっていう、その角度もヤバいなって(笑)」
福岡「アルバム自体すごく爆発的で、好奇心がめちゃくちゃ詰まっていて、聴きながらずっとドキドキするのが心地よかったです。インタビューを読むと、DTMでデモ音源を作ってからレコーディングに臨んだのが初めてだったみたいで、たぶんそれがアルバムを捉える視点が変わったきっかけだったのかなって。あと、アルバムを出した後に、メンバー間で『次はもうちょっとバンドっぽいのを作りたいよね』って話になったらしくて、そこもバンドとして健全というか、そういう意見をすぐに交わせるのはいいなと思いました」
有泉「リリース直前にインタビューをしたんですけど、今までの曲はライブで演奏しながら練っていった上でレコーディングを迎えてたけど、今回のアルバムの曲達はそうではない、かつ、作ってる段階であまり完成形を想定していなかったという話をしていて。それはおそらく、ツボイさんとのRECやミックスの冒険性にも繋がっていると思います。あと、私は前作の『Down the Valley』もすごく好きなアルバムなんですけど、あの作品は割と理路整然と作ったところがあって、音も歌詞もアレンジもすべてに意味がちゃんとあることを目指したのに対し、今回は説明できないけど今の自分の感覚にフィットするものを作りたかったという話をしてくれたんですよ。『全員が全員、こんな状況を経験するのは初めてなわけで、今後こうなるとか、こうしたら絶対大丈夫みたいな話なんて、僕はあり得ないと思ってたんですよ。そう考えたら、ただただリアリティという物差しだけで見るほうが今は正しいんじゃないか』って。その話は、作品と照らし合わせてもすごく腑に落ちます」
ヒダカ「苫小牧でやってる『活性の火』で彼らのライブを観たときに、サウンドチェックでアドリブ的にジェフ・バックリィの“ハレルヤ”を演奏していて、いい意味で老成してるなと思って。普段バンドしか聴かない人も、普段シンガーソングライターしか聴かない人も、クロスオーバーして聴ける、シンガーソングライター的なバンドっていうニュアンスを楽しめる作品かなと思ってます。あとは、あえてメジャーに行くっていう姿勢も素晴らしいと思って、僕がビークル(BEAT CRUSADERS)でメジャーに行ったときもチャレンジングなつもりで行ったので、勝手に自分を投影しちゃってるような部分もありますね」
有泉「今はエイベックスを離れてまたインディーズに戻って、エンジニアの柏井日向さんが新しく立ち上げたプロダクションでやっていて。たぶん今回ツボイさんとやったのも、その前に柏井さんと一緒にレコーディングをして、ポストプロダクションの意味や面白さを感じた経験が影響していると思うんですけど。ちゃんと自分達の道が見えてるなと思いますよね。ちょっとこの作品から話が逸れるかもしれないけど、柏井さんという音作りのことを熟知している方がプロダクションを立ち上げてNOT WONKのようなアーティストを支えていこうとしているのも、とても素敵な話だなと思います」
後藤「柏井さんと話をしたときに、『タダでもやりたい』って言ってましたからね(笑)。最初はKiliKiliVillaからのリリースで、エイベックスのチームにもインディレーベルをやっていた人がいたり、みんな『このバンドが突き抜けると、インディロックの未来が明るいぞ』って思っている気がします。ヒダカさんも含め、俺たちみたいなライブハウスにいる人たちからすると、直感的に『行ってほしい』と思っちゃうバンドっていうか」
ヒダカ「まさに、そういうことですね」
家主『DOOM』
後藤「これも本当に素晴らしいアルバムだと思います。もう何年も前からロックバンドはサウンドデザインのことを悩まないといけない時代になっていて、NOT WONKみたいなやり方もひとつの解だし、家主みたいにオーガニックなまま、ボトムの問題も豊かにクリアしつつ、とにかくギターの音をよく録ったりとか。そういうところが本当に素晴らしいなと。ソングライターが複数いるのでバラエティはあるんだけど、ちゃんと一本筋が通った意志や哲学がサウンドから伝わってきて、近年リスナーが多くないと感じるインディロックにあって、ひとつの希望みたいなアルバムだなって」
ヒダカ「資料を読むと、彼らはめちゃめちゃ音作りにこだわってるんですけど、でもパッと聴いた音像はいい意味で粗いんですよね。ただ、それはかつて我々がカセットMTRで録音していた頃とは全然違って、『偶然ローファイ風になっちゃいました』ではなく、わざとこうしてるわけじゃないですか? だから、そこにはワイルドネスも封じ込められていて、そこも我々の頃とは雲泥の差というか。音楽的にはいい意味でいろんなロックのテクスチャーがミックスされていて、ほとんどフィッシュボーンやレッチリを聴いてる感覚に近いんだけど、でもその情報量の多さをあまり感じさせないように狙ってやってると思うから、そこもすごい。なので……ライブは絶対弱いだろうと思いたいですよね(笑)。こんなちゃんと録れる人たちがちゃんとライブやれるわけないって、ジェラシーを込めて思ってます」
後藤「いやあ、ライブもいいでしょう」
ヒダカ「バックバンドでギタリストもやってたり、絶対演奏も上手いんですよね……怖くて観に行きたくない(笑)」
有泉「最初に後藤さんが言ってたように、この10年強、ロックバンドのサウンドデザインってすごく難しい。それは音としての新しさ云々みたいな部分だけじゃなく、どうしても帯域的に楽器の音が重なってくる部分含め、打ち込みに比べて情報量が多い、かつ複雑っていうのもあると思うんですけど。このアルバムはすごくワイルドな部分というか、エネルギーの流れに任せる部分もあるけど、でも『ここで何を聴かせるのか、そのために何を抑えるのか』とか、そういう情報の処理やデザインに対する細やかな目線が張り巡らされてるなと思って。それこそ一曲目みたいな曲はもっとギターで埋めてしまいがちだけど、ギターを豊潤に鳴らしつつ、繊細な歌が抜けてくる。あと、これはヤコブさんのソロでも感じるんですけど、『雰囲気』で曲を書かない人達ですよね。ちゃんとポップソングとして書き切る意志みたいなものをすごく感じて。歌詞にしても、何気なさを装ってるけど、時代の転換点にある中で、自分たちが何を見てどう進んでいくかっていう考えや問い、示唆がちゃんと表現されていて、そういう部分も素晴らしいと思いました」
三原「このアルバムすごく好きです。全曲いいですね。田中ヤコブさんのソロをこの賞で扱ったときも同じことを言った気がするんですけど……何なんでしょうね、この青春感というか。私はハードロックとかメタルをあまり聴いてこなかったんですけど、でも例えば一曲目のそういうところは最高だと思って、『バンドっていいな、ギターっていいな』って、あらためてそう感じさせてくれたのは、自分にとって新鮮かもしれないです」
Licaxxx「インタビューを読むと、サウンドの聴き心地とかテンション感はさておき、みんな丁寧だなって思いました。いろんな所作的なこととか、姿勢みたいなところが、何周も回って丁寧なのかなって。細かいところを気にしてないようで、すごく細かいところまで目が行ってるというか、そういう印象を受けました」
福岡「私はこのアルバムが出たときにコメントを書かせていただいたんです。車に乗りながらずっと聴いてて、徳島の風景にすごくマッチするんですよね。最初は彼らの出身が徳島の風土に似てるのかな?とか思ってたんですけど、彼らのことをちょっと掘ってみると、メンバーの仲がすごくいいみたいで、プライベートで一緒に釣りに行ったり、ご飯を一緒に食べる時間が長かったり、そういう関係性とか力加減が徳島とマッチしたのかなって、勝手に納得しちゃって(笑)。あと『LINEで新曲を送り合ってる』っていうのも何かの記事で見て、それは相当信頼関係が必要というか。昔ゴッチさんがある雑誌の記事で、『新曲を作ってもメンバー誰も良いって言ってくれない』って愚痴ってたときがあって(笑)、私もそれを見て気を付けなきゃって思ったんですよ。どうしても『いつまでにリリースせなあかん』みたいなことを気にしちゃうけど、一回みんなでその曲を『いいね』って言う時間が絶対必要で、それを普通にLINEでやってるって、めっちゃいいなって」
後藤「羨ましいですね」
福岡「羨ましいですよね(笑)。そうやって彼らは生活の中で感じる違和感や美しさをお互い『いいね』って言いながら共有して、制作してるんだろうなって」
網守将平『Ex.LIFE』
後藤「すごくいいアルバムだなと思って。ある種のサントラ的にも聴けるんだけど、こういうサウンドデザインの作品が何らかのエンタテイメントとの従属的な関係性の中で作られていないところが素晴らしいんじゃないかなって。映画のタイアップで『このシーンにこういう音楽を作ってください』みたいな要求があって、修正を重ねて着地する、みたいな仕事はたくさんあると思うんです。そうじゃなくて、音楽的な動機で音楽的な作品が立ち上がっていることが素晴らしいというか、この時代にそういうものを作ろうとする意志が素晴らしい。そういった部分も含めて、APPLE VINEGAR的に評価したい気持ちがあります」
Licaxxx「ミックスなのかマスタリングなのか、形がすごいと思いました。聴こえてくる平面感と立体感が他の作品とは全然違うから、めちゃくちゃエレクトロニックなアプローチがあるんだろうなっていうのはすぐに思って。聴いた後に資料を見たら、マスタリングがラシャド(・ベッカー)だったり、PAN系の人が関わってて、そこで何となく理解したというか。PANは日本だとgoatとかが出してるレーベルですけど、そのあたりと繋がってるアーティストがこういう感じで紡いでいくのはなるほどなって。もともとリリースされてわりとすぐに聴いた作品で、関わってる人も自分的に好きな人とか近い人も多くて、アートディレクションの三野(新)さんももともと好きだったし、非常に気になる作品でした」
福岡「ゴッチさんが『ある種のサントラ的にも聴ける』とおっしゃってましたけど、私もストーリー性も結構強いと思って聴いてました。ストーリー性を感じながらタイトルを見ると、すごく納得するというか、特に“Scanning Earth”とか、タイトルを見たらそうとしか聴こえなくなるくらい。あと、単音では丸みがある印象も受けるんですけど、作品全体の醸し出すエッジが好きで、アンビエントに頼ってないっていうか。一つひとつの音の配置がすごく好みだし、どの音にも必然性があって、立ち位置がはっきりしてるんだけど、ピアノがそれを優しく流してくれる。そのバランスもめちゃめちゃ心地いいと思いました」
有泉「私もめちゃめちゃ好きですね。きっと楽理を理解した上で作っている方だと思うんですけど、同時にそれに囚われない部分があるーーたとえばパーカッションにものすごい歪みをかけた曲があったり。音楽の構造をよく知った上で自分の好奇心や衝動みたいなものもちゃんと楽曲や音自体に結実させているし、それがすごく洗練された形に着地している、そのバランスがすごいなと思いました。あと、こういう音楽ってすごくイマジネイティブな、空想的な世界に行くこともあると思うんですけど、フィールドレコーディングや生楽器を使うことで、リアリズムから完全には乖離していない。現実逃避的な聴き方もできる作品かもしれないけど、ちゃんと今の現実と地続きにあるし、日常に戻ってくる感じがあって、そこもすごくいいなと思いました。実験的なことがやりたくてやってるわけではなく、過去の様々な音楽の文脈を踏まえた上で、自分の形で普遍を紡ぎ出してるような印象がある。めちゃくちゃ素晴らしいと思いました」
後藤「実験性もあるんですけど、そういう言葉を纏うには外観がポップですよね。拒まれてる感じがしないというか」
有泉「わかります。感覚的な間口の広さとチャーミングさがありますよね」
後藤「そうですよね。いろんなところに誰かとシェアできるフィーリングがいっぱい散りばめられていて、『おまえらにはわかんないだろ』みたいなフィーリングを一切感じないっていう、そこが素敵だなと思いました」
三原「それで言うと私はピアノの曲が特にそうだったのかもしれないですね。私はもともとクラシックピアノをやっていて、ドビュッシーとかサティが好きなんですが、このアルバムでは特に6曲目の“Sarabande”が、シンプルなピアノ曲なんですけど、すごくいい曲だなと思いました。ピアノだけの曲と、エレクトロニックなビートの曲、アンビエントな曲が並んで一枚になっているところがまず面白いし、いろんなアプローチから興味が湧いて、後から論理的に制作されていることや、同じクラシックのアーティストが好きだと言うことを知ったりと、奥深い一枚でした」
ヒダカ「前情報なしで一回聴いて、インダストリアルミュージックだと思ったんです。ビートのないテクノ、みたいな。音像はすごく明るいし、ポップだし、音圧も低いけど、今回のノミネートの中で一番尖っているというか、相当言いたいことがあってこれをやってる感じがして、そこがパンキッシュだなって。サウンドやジャンルではなく、振り切ってる音楽としてのパンク感ということですね。で、あとから資料を見て一番印象的だったのが、大貫妙子さんと話をして、『こんな時代だからこそ、明るい音楽をやるしかないじゃない』と言われたっていう話で、それでこれをやるっていうのは、J-POP的な文脈は超越していて、すごく尖がってるなと思って。なので、ハードコアな人とイベントやってほしいですね。BOREDOMS的なものとの相性はきっといいだろうなって」
SPARTA『兆し』
後藤「ヒップホップもロックも『アメリカでは何が流行っているのか』みたいなことに影響されがちだと思うんですけど、SPARTAはそことは違うセンスでやってる感じがして、何かの真似っぽく聴こえないんですよね。ことさらアメリカの音楽に追従していないことをどう評価するかも人それぞれで、『Jっぽさ』みたいな言葉で揶揄する向きもあるけど、結局こういうやり方のほうがオリジナルな感じがするというか、面白いんじゃないかなって思います。最近、いろんな人たちがYouTubeにラップミュージックの動画をアップしてるのを見て思い出すのって、実はHi-STANDARDだったりするんですよね」
―というと?
後藤「かつてみんなハイスタの真似をしてパンクバンドを組んだように、今は誰もが友達と一緒にクルーを作って、トラックを作ってラップをしてる、みたいな。AIR JAMの世代で今も残ってるのはBRAHMANにしろ市川さん(LOW IQ 01)にしろ、結局当時からユニークな人たちで、それで言うとSPARTAはラップミュージックの流行のなかにあって、『ちょっとタッチが違うよね』っていうのがパッと聴いてわかる。ヒップホップはジャンルのなかでの評価があると思うんですけれど、そうじゃない、APPLE VINEGAR的な、オルタナティブな視点で見たときにSPARTAはすごく面白い」
三原「ものすごく気持ちいいアルバムでした。一枚通してグッドヴァイブスだし、爽やかで、リズムもフロウもすごく乗れました。だからこそサラッとも聴けるんだけど、『メロディーこっち行くんだ』みたいなポイントが多くて、どんどん心が掴まれていった感じでしたね。一番すごいと思ったのはメロディーのセンスと、あとコーラスと合いの手。7曲目から11曲目の流れが特にいいと思ったんですが、例えば“One by One”のKMさんのトラックに対して、ラップを入れるところ入れないところ、歌うところとコーラスを入れるところ、中盤の短い単語で踏んでいくところとか、そのバランス感覚が『好き!』って思いました」
Licaxxx「自身のカルチャーにヒップホップだけじゃないところがちゃんとある感じがすごくして、そこがミックスされることによって、新しいヒップホップの形になってる感じがして、全体通してセンスがいいなと思ったし、ざっくり言うと『オシャレだな』って(笑)。ただ、そうやってヒップホップとは別の文脈のカルチャーの匂いを感じさせると、途端にいわゆる今売れている的な音楽のラインからは外れてしまう感じが辛辣だなっていうか。楽曲のクオリティは間違い無いので、こういう作品がめちゃめちゃデカいところに乗るには、どういうプロモーションの手順を踏んでいったらいいんだろうと思ったので、個人的にはこの賞でぜひ押したいなって」
後藤「“ありのまま”とかはオリコンチャートに入っててもおかしくないクオリティというか、包容力がありますよね。これだけ歌ってダサくないってすごいと思うんですよ。歌うと『媚びてる』みたいになっちゃうこともあると思うんです。でもSPARTAはそういうところがなくて、一切手加減せずにこのポップさをやっていて。軽やかにやるのって、実は相当なスキルなんじゃないかって思います」
有泉「今のヒップホップ、ラップミュージックって、これまでのポップミュージックを再編纂して新たなものを生み出しているようなところがあると思うんですけど、そのしなやかさを感じるというか。ラップとメロディーがすごくシームレスに行き来する感じも、きっと『ここでメロディーを入れてやろう』とは考えてないと思うんですよ。すごくナチュラルにフロウがメロディーに転換していってる感じがする。SPARTAさんがどれくらい自分のアイデンティティをヒップホップに置いているかはわからないけど、いい意味で囚われ過ぎずにしなやかな目線でポップミュージックを見ているんじゃないかなと思うし、そこが今の若い世代のアーティストたちの特徴的な感覚なのかなって気がします」
福岡「うちの近所に住んでる高校生もSPARTAを聴いてるんですよ。その高校生は舐達麻とかKOHHも聴いてるんですけど、『SPARTA知ってる?』って聞いたら、『最近聴いてる』って。やっぱりそれだけ広がりがあるんだなって。歌うようにラップしてるし、ラップするように歌ってて、シームレスな楽曲になってる。ただ、録音自体は単語ごとにパンチインしてるって言ってて、オシャレになるには理由があるというか、引っかからないようにしてるってことなんですよね。結構めんどくさい作業だと思うんですけど、そういう制作方法が気持ちいい違和感や浮遊感を生んで、力んでない感じに繋がってるのかなって」
ヒダカ「僕はいい意味でヒップホップに聴こえなかったというか、普通にポップミュージックとして聴いちゃいましたね。それって何でだろうって考えると、やっぱり何の衒いもなくメロを入れてたり、隙間を意識した音作りが今っぽくも感じられるからで、ヒップホップリスナーに聴かれるだけで終わらない方がいい作品なんじゃないかと思いました」
鈴木真海子『ms』
後藤「この作品はノミネートするかどうか迷いました。『chelmicoで成功してるじゃん』と言われたら、たしかにそうなので。でも、ソロでトライすることに意味がある音像だと思ったし、何よりこのアルバム自体がすごくよくて。今回ノミネートされた作品の多くにクロスオーバー感があって、この作品はサウンド的にはインディロックの質感でもあると思うんですよ。マナー的にはUSインディロックに近いタッチがあって、でもそこにラップが乗り、ポップスとして仕上がってるのがいいなって」
福岡「歌が上手くてラップもいいって、ホンマ最強やなと思いました。歌と歌詞、音質、メロディー、テーマ、全部輪郭がはっきりしていて、曲想がとらえやすいというか。SPARTAさんと同じく、ポップスへの広がりもすごく感じて、気づいたら無意識に歌っちゃってるんですよ。ラップと歌の表現のバランスもすごくいいし、真似したくなるけど、でも実際やってみるとかなり高度で、難しいことをやってるなと思いました。あとchelmicoとは全然違うポップな広がりなんですけど、どっちも憧れの対象になりうるというか、やってみたいと思わせる対象になってるのがすごいなって。chelmicoと真海子さんとどっちがどうじゃなくて、別ベクトルで同じくらいポップス性がある。それってなかなかできることじゃないですよね」
三原「トラックとフロウと歌ってる内容が全てフィットしていて、すごく心地いいしかっこよくて、意外とこの感じって日本の女性ラッパーの作品であんまりなかったんじゃないかと思いました。あと、私はもともとchelmicoが好きで、Rachelと真海子ちゃんそれぞれに好きなところがあるんですけど、真海子ちゃんの良さというか、節々から感じられる彼女のエッセンスを凝縮したような作品だなと。音色で聴かせるような音数の少ないトラックだったり、声やフロウもchelmicoのときより力が抜けた、かなり落ち着いたトーンで、日常のサウンドトラックになり得る心地よさというか。身の回りの生活とか、大切な人とのささやかな営みを愛でるような詞も、すごく彼女らしいところだなって思います」
Licaxxx「彼女の日記を読んでるような、そんな感じに聴こえました。それは勇希ちゃんも言ってたように、生活とかそういう部分が出てるからだと思うんですけど、サウンド的にも肩ひじ張らず、自分の生活をそのまま録音しました、みたいなテンション感が全体にあって、それがこのアルバムの良さかなって。素をさらけ出すのって、アーティストとしてどんな形でアウトプットするかはいろいろ考えると思うんですけど、一番真海子に近いような、そのままの形を何も奇を衒わずに出した感じがして、でもそれってすごく難しい、スキルの要ることだと思うので、それができてるのがすごいと思いました」
ヒダカ「chelmicoはもう少し開かれた、明るいポップなサウンドの印象が強いグループなのに対して、ソロになったときにチルな雰囲気を選んでるっていうのが、おそらくリスナーの今の心情ともマッチしてると思いました。どうにもできないパンデミックとか、それに伴う政治的・社会的なことがいろいろある中で、めちゃくちゃ怒ってるわけじゃないけど、でも満足してるわけでもない、微妙な心の揺らぎがサウンドの揺らぎにも滲み出ていて、それが聴きやすさにも、ポップさにもなる時代だなって。性別で括るわけじゃないですけど、Charisma.comなどの流れから考えたら、フィメールラッパーの進化もすごく感じました」
後藤「テイラー・スウィフトの『folkrore』とかとも繋がるというか、コロナ禍にあって、自分の生活から無理なく出てくるリリックやビートの感じというか、そういうのを大事にしたいここ何年かですよね」
ヒダカ「何かを声高に言わなくても、サウンドで言いたいことが言える時代だと思います」
有泉「私もすごく心地よく聴いたんですけど、最後の“untitled”というビートレスの曲が素晴らしいなと思って。ああいうドローン、アンビエントなアプローチのサウンドの曲で、あの歌のグルーヴを出せるのはすごい。それってつまり、ちゃんと自分の中に自分自身のリズムとグルーヴがあるってことだし、フィジカルな能力も高いことの証だと思うんですよね。みなさんがおっしゃった彼女の生活感とか素の人柄が出てるというのも、そのフィーリングや質感を実際に歌としてアウトプットするのって、やっぱり相当スキルがないとできないことだし、自分のグルーヴを体得してないとできない。だから歌い手、ラッパーとしての身体表現の能力の高さも改めて感じるアルバムだと思いました」
後藤「本当にラップ上手いですよね。身体的なしなやかさがあるというか、『そこに置けるんだ』みたいな」
有泉「しかも、それが全然わざとらしくないんですよね」
後藤「わかります。思ったところに置けないボーカリストの第一人者としては、すごく羨ましい(笑)。細かい揺らぎの中にパチンと言葉を入れちゃうすごさって、想像以上にスーパーアスリート的なんだなって。だから、『ただのチルじゃないぞ』みたいな、ある種の複雑さがあるというか、丸いけど鋭利みたいな音楽で。よくよく聴くと『この人怖いくらいすごい』っていうスキルを感じました」