大賞選出
例年ではここから選考委員による投票形式で大賞を決定していましたが、今年は後藤さんから「大賞をディスカッションで決めるのはどうでしょうか?」という提案が。「投票制にすると気は楽なんだけど、もうちょっとそれぞれの意見が見えてほしいと思うところもあるし、『合議っていうのはどうなんだろう?』っていう実験も含めて、民主的に話し合ってみるのはどうでしょう?」という言葉に選考委員それぞれが納得して、10分間の休憩を挟み、大賞を決めるディスカッションがスタートしました。
後藤まずは大賞をどういう視点から考えるのかですよね。野口さんや山二つ、5kaiのような録音の楽しみ、実験の楽しさみたいなところの達成を評価するのか、君島大空くんや原口沙輔くんみたいな、パーソナルな部分から出てきたとんでもない作品を評価するのか。僕が評価したいのは野口さん的な録音上の工夫がある人で、そういう人たちにお金であり新しい環境を用意すると、さらなる爆発があるかもしれないっていう、そういう未来を想像したりします。ただ作品のクオリティだけで言うと、やっぱり君島くんはリストに入れざるを得ないような気もして。
蔦谷「この人たちがお金を持って、もっといい機材やいい環境で録れたら」っていう、ある種のスポンサー的な考え方は非常に素晴らしいことだと思いつつ、僕は作品としては圧倒的に君島大空なんですよ。
後藤やっぱり圧倒的ですか。
蔦谷感動したっていう自分の感覚を裏切れないんですよね。この感覚になることは数年に一度しかないので。幼い頃の自分を思い出すというか、音楽を志した頃の感覚を呼び起こさせてくれた作品なので。当然音楽のクオリティも高いがゆえに言ってることではありますけど、個人の感情としてはそういう感じですね。でも「この人たちをサポートしたら絶対面白いぞ」っていう観点で言うと、野口さんとチョコパコとかは確かに面白いかなっていう気がします。
三原私は音楽的なクオリティと、世間からの見つかってなさで言うと、野口さんだなと思いました。
福岡私も野口さんに一票です。最初普通に聴いてめっちゃいい音だと思って、後で映像を見てびっくりしたのも大きくて。「この環境で録ってたんだ」っていうのも含めて、作品としてすごく面白かったです。君島さんはすでに知名度があるイメージに対して、野口さんは見える数字的には「この作品がまだこんなに知られてないんだ」と思ったし、そういう人をフックアップできるのもアップルビネガーのいいところだと思うので。
Licaxxx私はアップルビネガー的に自分で自分をプロデュースする観点がいつも大事にされてたかなと思ったので、原口沙輔かSkaaiかなと思ってました。作品のクオリティプラス「今何を表現するか」みたいな視点で見ると、2023年にこの作品を作った2人はこのタイミングで評価された方がいいのかもなって。
有泉私は純粋に作品として見たら、やっぱり君島くんのアルバムが群を抜いて素晴らしいなと思いました。もちろんどの作品にもそれぞれの角度での面白さ、素晴らしさがあるけど、この作品は間違いなく彼にしか作れない音楽だと思います。私にとって音楽を聴くことの醍醐味の大きなひとつは、自分がまだ知らない、未知なる感覚を体験することだったりもするので。そういう意味で言うと原口さんの『アセトン』も面白かった。ただ、君島くんはすでに音楽好きには発見されてるとはいえ、まだまだ過小評価だなとは思うので、もっといろんな形で追い風を吹かせてあげたい気持ちはすごくある。
後藤みなさんの意見も踏まえつつ、僕は君島くんと野口さんの二択かなという気はします。ただ2人を並べてどちらが大賞にふさわしいかを考えるのはめちゃくちゃ難しい問いですね。
三原大賞2組はどうですか?
後藤それもアリだとは思います。でも……独創性で言うとやっぱり君島くんは頭一つも二つも抜けてる感じはしますよね。何から引用してきたかわからない、みたいなやり方も含めて、すごく素敵だなって感じがする。
福岡この壇上に登ってる以上は君島さんのこの作品を無視するのは無理ですもんね。
後藤そう考えるとやっぱり君島くんは選ばざるを得なくて、あとは野口さんも大賞にするのか、特別賞にするのかもひとつの論点じゃないですかね。
Licaxxx2組が大賞なのも面白いですけどね。対照的とまでは行かないけど、だいぶ違う意味で選んだんだなって感じがしますよね。
後藤何となくですけど……野口さんはいま一度、君島大空における『no public sounds』を作るチャンスがあるんじゃないかって気もして、だから今回特別賞にしておくことで、将来的にもう1回大賞を取るチャンスがあるのかなって。独自性とか音楽性でいくと君島くんの達成には賞を贈らなきゃいけないけど、この賞の成り立ちとして、もうワンステップ歩みを進めてもらうための経済的な支援として賞金を集めてるところもあるので、それを野口さんに使ってもらって、さらなる達成に向かってもらいたいと思います。そう考えると、君島くんが大賞で、野口さんは特別賞がしっくり来る気がするけど、でもLicaxxxが挙げた原口さんにも何か差し上げたい感じありますよね。
有泉すごくありますね。彼のこれまでのキャリアを考えてもかなり攻めた作品を作ったなと思うし、それはひとつの覚悟だとも思うので。実際作品としてもすごく面白かったし、その姿勢にエールを送る意味でも、賞をあげたい気持ちがあります。
後藤Skaaiさんは今回EPっていうこともあるので、アルバム賞にふさわしい作品をこの先作るんじゃないかという予感はありますよね。
Licaxxx原口沙輔とSkaaiは同じ視点で選んでて、ってなると、やっぱり原口沙輔にあげた方がこの賞は意味がありそうな気がします。
後藤そうなると、君島くんは一旦段上に置いておきつつ、野口さんと原口さんをどう考えるかですね。原口さんに特別賞を贈るのはいいと思うんですけど、野口さんに何を贈るのか。みなさんどう思いますか?
蔦谷沙輔くんのアルバムと野口さんのアルバムはやってる音楽のアプローチは全然違うけど、自分がたどってきた音楽の歴史や文脈を吐き出さなきゃしょうがないっていう衝動に駆られてるのがすごく伝わる作品で、野口さんは陽に向いてるけど、沙輔くんは自分の内に向かっていってる音楽に聴こえて。どっちがいい悪いじゃなくて、野口さんはすごくクオリティが高いし、沙輔くんのアルバムからは「これを10代で絶対に出したい」っていう気概を感じたし、どちらも2020年代の歴史に残る作品ではあると思いますね。
Licaxxx君島くんが大賞ならあとの2人が特別賞でも違和感はないですね。
有泉それぞれに対する理由ははっきりしてるから、それをちゃんと開示すればいいんじゃないかなっていう気がしますよね。
後藤そうですね。独創性という視点ではやっぱり君島くんが、さすがにこれは無視できない作品というか、まだ僕らでも語りえない何かがあるような巨大な作品のようにも聴こえていて、彼に大賞を贈るのがふさわしいかなと思います。その上で、野口さんも原口さんも本当に素晴らしいアルバムを作った。君島くんはこれからもっと違う領域に行くでしょうけど、野口さんと原口さんはまたこれから大賞を取るような作品を作るかもしれない。そういう未来も2人に感じつつ、それぞれの活動をサポートする形で特別賞を贈るのがいいかなと思いました。
その後も賞金141万円の配分についてディスカッションは続き、大賞に対しての敬意は大前提に、「よりよい機材や環境を準備することでこの先を見てみたい」という特別賞の意義であり、物価の高騰で機材費が上がっている現状も踏まえ、特別賞の2人、野口文さんと原口沙輔さんに40万円ずつを渡すことが決定。そして、大賞の君島大空さんには61万円を贈呈することで今年のアップルビネガーは着地することとなりました。
“no public sounds”
君島大空
“アセトン”
原口沙輔
“botto”
野口文
総評
福岡アップルビネガーは毎年すごく発見をもらう機会なんですけど、今年は特にドメスティックというか、自分で全部やっちゃえる人がたくさんいらっしゃって、アートワークもミックス・マスタリングも全部やる、そういう人たちの隙のなさをめちゃくちゃ感じました。私は今まで自分の作品に関しては自分でミックスすることに興味がなくて、エンジニアさんに投げる前提でしか作曲をしたことがなかったんです。なので全部最初から見通して作ってる人たちの凄みを今回すごく感じて、セルフプロデュースというよりはもう本当に自己完結の圧倒的な強さを感じたし、自分の音楽に対してもまた改めて見返すいい機会を頂きました。
有泉毎年言っているような気もするんですけど、自由度しかり、実験精神しかり、この数年、日本のミュージシャンって本当に面白いなと強く強く思っていて。かつ、自分がアーティストとして何を鳴らすのか、何を表現するのかっていうことに自覚的というか、しっかり考えていますよね。今回の作品達を見ていても、やっぱりそれぞれになぜ今自分はこの作品を生んだのかという理由がちゃんとある。そういうことも含めて、表現のレベルがとても高いと思うし、改めて面白い時代だなと思いました。
蔦谷音楽そのものであり、自分自身を前に進めるための作品を作ってるような方々の素晴らしい作品にたくさん出会えてよかったというのと、今日参加されてるみなさんが本当に真剣に作品と向き合って、こうやってみんなで意見を交わせるっていうのは、音楽の未来のためにも素晴らしいことだなと思うので、こうやって参加させてもらえたことが非常に光栄です。個人的には、いくつかの作品で「ここだけもうちょっとこうしたらいいのにな」と思うこともあって、「そんなの関係ねえ」って言ってそのままやるのもいいんだけど、音楽は言語と一緒だと思うんです。最初は片言でもかわいいけど、本当にコミュニケーションを取るにはその言語をしっかり学ぶことが僕は大事なことだと思っていて。そういうところも含めて、トータルで非常に面白かったし、未来がある作品にたくさん出会えて、これからも良い音楽に出会えることを楽しみにしております。
三原本当に毎年難しいですけど、こうやって皆さんと音楽について真剣に話すのはやっぱり楽しい時間ですね。個人的な話になりますが、この一年は実際に現場に足を運んだりすることが全然できなくて、生活の中で音楽を楽しむっていう感じで聴かせてもらっていたんですけど、家にいながらも世界に触れることができるのが音楽だなって改めて思いました。それぞれの作品が違いすぎて、まとめて話すことがいよいよできないなとも思うんですけど、そういう一つひとつをこれからも丁寧に見て聴いていきたい。どの作品も本当に素晴らしかったです。
Licaxxx今年はよりオルタナティブな作品が多かった印象なんですけど、どのジャンルをとっても、1個1個の音とか、音質とか、そういうエンジニアリングっぽいところに注目している作品が多いなというのを感じて、それはすごく楽しい傾向だなって。オーディオの進化とか聴く環境の進化とか、そこが毎年見えるのがめっちゃおもろいなと思うし、バンドスタイルでやってる人とラップトップでやってる人たちがさらに邂逅してきたなっていう感じも今年はあったので、それが私的にはすごく楽しいなっていう感じです。
後藤まずは選考委員のみなさんに感謝します。12作品聴くだけで骨が折れるし、評価の言葉選びも考えなきゃいけないし、半分貧乏くじなんじゃないかと思うような役割を担ってくれて本当にありがたいというか、でもこの役割を誰かがやんなきゃいけないでしょっていう気持ちも少しあるというかね。三船くんがグラミーのときにつぶやいてましたけど、いろんな先人を讃えたり、いろんな人の達成を讃えたり、そういう音楽賞が日本にないのは寂しいなって、それは本当にそう思うので。なので、「授賞式」というと堅苦しいけど、アップルビネガー主催のパーティーみたいなことは、いつかどこかでやれたらいいなと思います。あと今回すごく面白いなと思ったのは、みんな全然違う視点で作品を聴いてることで、「音楽をやってないやつに音楽を評価することはできない」みたいな声もありますけど、僕は全然そんなことないと思っていて。評価の角度はいくらでもあっていいと思うんです。そうした様々な角度が作る複雑なコンテクストや文脈の中でどう聴かれるのかがその作品を豊かにしていくと思います。みんなで集まって話すことは豊かなことだし、楽しい。いろんなところで音楽の話をしてほしい。あとは今回賞に選ばれなかったみなさんの達成が足りなかったわけではないことを重ねて強調したくて。それぞれの達成をそれぞれに……僕に言われなくても勝手に深めていくんでしょうけど、それぞれの達成を誇らしく思ってほしいなと思います。
今後のアップルビネガーについて、最後に後藤さんからこんな報告もありました。
後藤アップルビネガーは現在、NPO設立の申請をしていまして、賞は賞で続くんですけど、近く「Apple Vinegar Music Support」という名前で、音楽支援機構としての役割を強化したいと考えています。静岡県に宿泊型の音楽スタジオ、アーティストレジデンスだったり、コミュニティスペースだったり、みんながあまりお金のことを心配せずに集まって音楽が作れる施設を作る予定です。僕がこれまでに集めた機材やマイクを自由に使ってもらえるようにもしようと考えています。賞とともにまたそうやって、みんなが音楽活動をしやすくなるような現場をこれからも整備していきたいと思います。準備ができたら、報告しますね。その際は、皆さんの力を少しずつ、貸していただけたら嬉しいです。