選考会前編
2024年3月28日、7年目を迎えた「APPLE VINEGAR –Music Award-」の選考会がZoomで行われました。選考委員は発起人の後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、accobinさん(イベントスペースOLUYO社長/作詞作曲家/演奏家)、Licaxxxさん、三原勇希さん(タレント/ラジオDJ)、有泉智子さん(音楽雑誌「MUSICA」編集長)というお馴染みの面々に加えて、今年は蔦谷好位置さん(音楽プロデューサー/作曲家/編曲家)を加えての計6名。ノミネートの数は今年も12作品で、新たな世代の台頭を感じさせる作品が数多く並びました。「7年目になって、去年までの胃の痛さが少し和らいできたというか、いろんな人に協力をしてもらうことで、『余計なことをしてるのかもしれない』という気持ちが少し薄らいできました。こうやってすごい作品に拍手を送ることがもっとフラットに、当たり前な世の中になるといいなと思うし、そういうみんなのメンタルのあり方の一助にもこの賞がなったらいいなと思います」という後藤さんの挨拶から始まった長時間に及ぶ選考会、今年もどうぞお楽しみください。
文:金子厚武
原口沙輔『アセトン』
後藤とにかく音色や音の配置がすごく面白くて。インダストリアルな音やクリックハウスみたいな音が来たかと思ったら、人懐っこくてポップだったりもする。そのバランスが面白かったです。こういうフラットで横断的みたいな音楽のあり方って、僕らの世代より開かれていて羨ましいなと思いながら聴きました。音域のレンジもすごく広くて、スタジオの床から這い上がってくるような低音があったりして。僕らみたいなロックバンドが接してきた商用スタジオの文化とは別の音作りがあって、やっぱりこれは新しい世代だし、ラップトップミュージックならではの魅力だと思いました。
三原私もまずはプロダクションが印象的でしたね。インダストリアルな、違和感のある音が散りばめられていて、それが不穏に感じて惹きつけられたりするところが多いにあるんですけど、でも聴けば聴くほどポップだなと思ってくるんですよ。特に一番最後の「思い出した」はすごくポップだと思いましたし、ラストはバンドのライブみたいな高揚感があって、爽やかに去っていくような後味がありました。あとは歌詞も、ディストピア感というか、自分の体とか感覚を外側から俯瞰して見てるような表現が音の世界観ともばっちり合っていて、ゾワゾワしながら面白く聴いてました。
福岡ご本人のコメントで「楽器のふくよかなニュアンスを取り去って、ギリギリで成り立つようにしたかった」って言われてるんですけど、そこにできた空白が鳴ってるというか、不思議な立体感がすごくあるなと思って。あとどこかのインタビュー動画でおっしゃってたんですけど、いろんな媒体で自分が求める音を均一な感じで聴きたいから、ヘッドフォンじゃなくてイヤホンで曲を作ってるみたいで、作り方がそもそも面白いっていうか、ものすごくフラットな捉え方ですよね。もちろん私もどこで聴いてもいい音を求めてるんだけど、その「いい音」の組み立て方が根本的に違ってて、だからすごく惹かれる音になってるんだろうなと思いましたね。
有泉「イヤホンで作ってる」っていう情報は私知らなかったからちょっとびっくりして。最初に後藤さんがおっしゃってたように、本当に地鳴りみたいなローが出てたり、ダイナミクスも含めて身体に直接的に作用するようなサウンドデザインがとても多いじゃないですか。ちゃんとフロアでもインパクトを持つような音の作り方というか。あの感じって私は逆に、最終的にはモニタースピーカーを爆音で鳴らして作ってる感じなのかなと思ってたんですけど、蔦谷さんから見るとこれをイヤホンで作ってるって納得なんですか?
蔦谷 DTM界隈とかSoundCloud界隈の子たちって、情報交換がめちゃくちゃ早くて、サブベースの鳴らし方にしても、ただサブベースを808の音で鳴らすとかじゃなくて、その倍音をどうするか、ダブらせて、歪み成分だけの帯域を鳴らしてとか、そういうチュートリアルというか、説明書がたくさんあって、それをみんなで共有してる状態だと思うんですね。だから、沙輔くんも当然そういう情報は全て知ってるし、音で聴かなくても目で見えるわけじゃないですか。奥行きも見えるし、周波数も見えるし、彼はフロアの音も知ってるわけで、この音を鳴らせばスクリレックスのあの音が鳴るとか、ソフィーのあの音が出せるとか、それは全て頭にも入ってるし、キーボードを打つときやマウスをクリックするときは、それが肉体的なこととして、彼の中にある気がする。だから僕は結構肉体的な音楽に聴こえちゃうんですよね。
有泉すごくわかります。「目で見える」っておっしゃいましたけど、実際、DTMのピアノロールの埋まり方を眺めながらアレンジを考える、という方は結構いらっしゃいますもんね。
蔦谷 沙輔くんの世代は当たり前のように音を見てきたし、インターネットネイティブだから、音楽に対する考え方だけじゃなくて、全ての考え方が違うんだろうなと思うんですけど、でも僕が沙輔くんの作品ですごく面白いなと思ったのは、めちゃくちゃ文脈が見えることで。古くはアートオブノイズとか、コールドカットとかその辺の、サンプルを切り貼りして作る感じは、TEI TOWAさんの影響をすごく言ってるし、小山田圭吾さんの感じもある。シンセソロはFKJとかジェイコブ・コリアーに通じるフュージョン的な要素もあるし、ベースメント・ジャックスも好きだって言ってるけど、あの下世話さみたいなのもちゃんとあって、改めて最後まで聴くと、やっぱりソフィーって偉大だったんだなって思う。ただ別に彼は文脈を見せたかったわけじゃなくて、自らを前に進めるために、この作品を10代で作っておかなきゃいけなかった、そういう彼の使命感みたいなものも感じますね。何でもできちゃうがゆえに、この作品を10代で作っておく必要があった。その気概を感じました。
Licaxxxいろいろ音楽をやってきた彼なので、早めに解放されてよかったなっていう印象がすごくあって。彼にはたぶん早めにいろんな大人が介入してきて、様々な経験をした上で、自由にやり始めた音楽が評価されることが一番大事かなと思うので、そういう作品がもうできたのは結構すごいことだなって。彼の音楽人生的にはとても意味のある時期だと思うので、これをみんなで聴けること自体が重要なんじゃないかと思いました。
SATOH『BORN IN ASIA』
後藤この手の「トラックメーカーが作るロック」はすごく盛り上がってる印象があって、流行ってるんだなって感じがするんですけど、そういうヒップホップとかラップミュージックを通過した後のロックの新しい流れの中でも、頭ひとつ抜けてキャッチーだなと思いました。あとファーストアルバムならではのパッションみたいなのをすごく感じて、ロックアルバムにはその勢いがすごく大事だと思うんですよね。そのタイミングを記録するのって意外と難しくて、アジカンだったら7年ぐらい、そのパッションを地下でこねてるわけですよ(笑)。「ホントにバンドやっててよかったのかな?これで一生やっていける?」みたいな、そういう悩みとかを経て、いろんなタイミングでいろんな人がいろんな記録=録音をするんですけど、SATOHは自分たちのエネルギーが爆発する瞬間を記録できていて、それはすごく幸福なことだし、素敵なことだなと思うんですね。そういう瑞々しさを評価しました。「新しい邦楽ロックの雄」って感じですよね。
有泉初期の曲はわりとトラップとかハイパーポップとか、そういう文脈の曲が多い印象だったんですけど、今回のアルバムはロック的なアプローチが多いというか、意識的にそっちに振り切ってる印象がありますよね。しかも2000年代の邦楽ロックの影響をめちゃめちゃ感じる。それが結果的に、近年のヒップホップ文脈からのポップパンク・リバイバルだったり、オルタナティブロックのリバイバルみたいなものとも全然違う、日本特有の面白い形になってるなぁと思います。さっき後藤さんが「新しい邦楽ロックの雄」って言いましたけど、実際、リンナくんはそれこそアジカンだったり、RADWIMPSだったり、andymoriだったりも大好きだったという話をしていますし。
Licaxxxやっぱり2人でこの音を出してるのが面白くて、DTMとバンドの差がどんどんなくなってきてると思うし、さらに音楽的にも私が高校のときに聴いてたような、15年前ぐらいの感じが完全に一周したなっていうのを感じて。それがすごく勝手に刺さってるっていうか、「こういうのやってたなあ」みたいな感覚に勝手にとらわれて。
―15年前というと、具体的にはどの辺り?
Licaxxxエレクトロが出てきて、クラクソンズが出てきて、シンセとバンドが融合して、みたいな、あの時代はクラブミュージックとロックがすごく邂逅してたと思うんですけど、そのちょい前ぐらいのところに差し掛かってきてるんだな、みたいな。よく「20年で一周」みたいな話がありますけど、そういう潮流もあるし、当たり前にPC持ってて、iPhone持ってて、みたいな時代の進化も感じつつ、すごくフレッシュで、嬉しい気持ちで聴けたっていう感じですね。
福岡ゴッチさんが最初に言ってた「流行ってる」っていう感覚は私もあって、なんでかっていうと、毎年ここで言ってる私の近所の子供の話で(笑)。もう高校を卒業しちゃったんですけど、その子たちもこの新しいロックをやってたんですよね。こんな近所の身近なところに浸透してるって、やっぱり流行ってるんだなって。あとSATOHはもともとネット上でバンドを結成して、データのやり取りで曲を作って、レコーディングは一度も会わずに曲をリリースした、みたいなことがどこかに書いてあって、もうその始まりからして私の時代とは全く違うんですよね。私も今はデータでやり取りして、曲をレコーディングすることが結構あるんですけど、自分のタイミングで冷静に聴けちゃうので、熱量の部分で難しさを感じることが結構あるんです。でも彼らは自分たちにしっくりくる音をめちゃめちゃ探して、掘って、やっとたどり着いたみたいなこともインタビューで見て、膨大な情報量の中から選び取る労力が、私たちがスタジオで音を合わせる集中力と似ていて、そこの熱量が作品のエモーションとして反映されてるのかなっていうふうに思いましたね。
後藤なるほど。今の方がパッション迷子になりやすいってことだよね。
福岡パッション迷子(笑)。
後藤確かに、シンセの音選びとかでももうプラグインでできることが多すぎて、サンプル探すだけですごく時間がかかるとか、音色見つけるだけですごく時間がかかるとか、そういう時代ですもんね。音作りのTIPSがシェアされる時代のなかで個性を出すのって、実はすごく難しい。同じジャンルの人たちが山ほどいる中で、頭ひとつ抜けることの難しさが僕らの時代よりあるんじゃないかなっていうのはやっぱり感じます。
福岡しかもロックっていう、そこが本当に難しいんじゃないかと思うけど、それを軽やかにやってるというか、本人たちは飄々としてる感じがして、そこがかっこいいなと思いましたね。
野口文『botto』
後藤いやあ、これは面白いですね。制作過程がYouTubeで公開されていて、とにかく若い子たちが楽しそうに音楽を作ってるのが素晴らしいなと思うし、それを見なかったとしても、最初「もののけ姫」っぽい和音から始まって、徐々に細野晴臣にスライドしていく、みたいな幕開けからワクワクしました。できあがった音楽はスタジオのスピーカーで聴いても、YouTubeで見たほどのベッドルーム感なくて、宅録も新しい時代になったんだなって思います。サウンドの面から言うと、マイクでの録音が多いからなのかもしれないですけど、ピーキーな音選び、耳に痛いみたいなことがない。テープシミュレーターを使ったような音の丸め方もすごく印象的で、ミックスは奥田泰次さんだそうですけど、本人とどの程度のバランスで作業をしたのかは興味あるなって。
蔦谷 これはもう素晴らしかったですよね。めちゃくちゃ高いクオリティとクリエイティビティと独自性を持ってる感じがして、しかもそれが陰の雰囲気ではなくて、ずっと陽の雰囲気をまとってる感じがする。ミックスが奥田さんっていうのは今初めて聞いた情報だったんですけど、音色作りがめちゃくちゃ素晴らしいなと思うんですよ。ミックスだけでは絶対こうならないなっていうか、録り音の時点で、スネアの音色とかよくこの音色を選んでくれたなっていう、ミュートの仕方やチューニングに関して、きっと自分の好きな音が明確にあるんでしょうね。僕もYouTubeの制作風景を見たんですけど、あの部屋はたぶんすごいデッドな鳴りだと思うんですよ。めっちゃいい音で録れてて、それはオーディオ的にいい音じゃなくて、本当に気持ちいい音。「ここは絶対この音色が大正解」「この曲にはこれしかない」みたいな、すごいなと思いますね。曲タイトルが全部作品番号なのは絶対音楽的でもあるし、でも歌詞は「近所の河童と相撲をとる」とか、めちゃくちゃ印象に残る(笑)。もちろんその中には哲学もあるのかもしれないけど、音で印象に残してくるみたいなところとかも含めて、すごく気持ちのいい作品でした。
三原今の蔦谷さんの言葉にもうなずきまくりだったんですけど、これはめっちゃかっこよかったですね。驚きました。アルバム一枚聴くあいだに何度も意表を突かれる表現があるんですけど、でも子育て生活の中でもナチュラルに聴けるんですよ。幼い子がいると、自分のムードも、日々の生活感もずいぶん変わったし、単純に音楽を聴く時間がないこともあるんですけど、そんな中でも、こんなに複雑なのに自然に聴けて。個人的にはそれもすごいことだと思ったし、その生活の中に「なんだこれ?」っていうワクワク感をすごく持ってきてくれる作品でもあって、めちゃくちゃ良かったですね。YouTubeで見たのレコーディング風景は、野口さんとドラマーの方の体がぶつかる狭さでレコーディングしていて驚いたんですけど、例えばミュートのタイミングとか、あぁここまで細かくアナログに指示出ししてやってるんだなというところを見ても、プロデューサーとしてのすごさを感じました。そしてラップがカッコいい!
後藤あの部屋一回行きたいですよね。あのベッドが吸音材になってるのかな(笑)。
福岡ドラムの人背中丸めて叩いてたから、あそこが絶対いいんでしょうね。でもなかなかあの態勢でドラム叩けないですよ(笑)。
有泉笑)。おそらく、音楽的な素養はめちゃめちゃある人だと思うんですよ。それこそクラシックからジャズからヒップホップから何から。でもそれがすごい自由に血肉化されてて、だからやってることは複雑だったり、ユニークなことなんだけど、スラッと心地よく聴けちゃう。若いミュージシャンを見てて、音楽の咀嚼の仕方がみんな自由に、豊かになってるなっていうのはすごく感じるんですけど、野口さんのこのアルバムも、遊び心含め、本当に素晴らしいなと思いました。基本生楽器でやってるけど、でもたぶんいろんなポストプロダクションとかエディットとかもしてると思うし、普通の生演奏のプロダクトとは明らかに違う手触りになっていて。複数人数による生演奏でもサンプラーとかを駆使して、1人の肉体性でアウトプットされることによって面白い形になる、みたいなことってあると思うんですけど、そういうことも感じるというか。すごく面白い作品だなと思いました。
後藤音楽的な知識のある人がやると世間に対する批評性がそのまま出てきちゃうことがあって、それが嫌味というか、排他的な感じに聴こえてしまうことが僕らの世代にはあったと思うんですけど、野口さんの作品からはそういう印象を全く感じないのも素晴らしいところで。
蔦谷 やっぱり陽なんですよね。
後藤そうですよね。ひけらかす感じがないんですよね。
有泉知性をひけらかす感じはないんだけど、でも完全に知性がないと作れない音楽っていう、そのバランスがいいですよね。
福岡蔦谷さんがおっしゃったみたいに「これじゃないと」っていう音の良さの積み重ねが、結果トータルでめっちゃおしゃれなアルバムになってるなと思います。
有泉しかも、それでこのジャケットセンスなのがまたすごくいいなって。
後藤「おしゃれ」というイメージをひっくり返すようなジャケットですよね(笑)。
Tokyo Gal & DJ FRIP a.k.a beatlab『Flash Back』
後藤こういうラップミュージックというかヒップホップもいくつかノミネートしたいなと思って毎年いろいろな作品を聴いているんですけど、ジャンル的なトレンドはやはりあって、「何が流行っているのか」みたいな、そういうなかでトップを競うゲーム性もあると思うんです。あるいはラッパーとしてのカリスマ性と身体性にフォーカスした評価がある中で、アップルビネガーでヒップホップを眺めるときは、もう少し違う視点から眺めたいなと思っていて。この作品はトレンドに迎合してない音作りとか思考だなというのがまずひとつ。トラックメーカーがラッパーとしてだけではなく、R&BシンガーとしてのTokyo Galの魅力を広げるようなトラック制作をしているところも面白い。リリックで言うと、セルフボースティング、私小説的であるかどうか、リアルかどうかみたいなところがヒップホップの評価の軸にはあると思うんですけど、楽曲がR&Bに寄ることで、ペーソスというか哀愁が増して、もう少し広くシェアされる部分が増えてくるというか、リリックのテーマが普遍的なところに移ってるような感じがして、ポップス的な射程というか、そういう開かれ方をしているところが素敵だなと思って聴きました。
三原私はTokyo Galさんの柔らかい声がすごく魅力的だなと思いました。トラックはループも多くて展開は少なくて、だからこそか彼女の声が引き立って、声でいろんな色をつけているなと。リリックも、オリジナルでかわいいなと思う表現が結構心に残ってますね。例えば「君がいる」という曲の「星とクローバーの人だけ選んでるようで本当に孤独」とか。容姿なのかタイプなのか、型にはまった人しか選ばれないことをこういうふうに表現してるのが独特でいいなと思いました。トラックと声のエレガントなムードもあいまって、夜に聴くことが多かったんですけど、ついつい口ずさんじゃうような部分も多かったです。
有泉トラックのセンスがすごくいいなっていうのと、ラップとR&Bを自在に行き来するフローの感じがすごく美しいなと思って。「Old Scars」とかはもう完全にラップではなくシングな曲ですけど、あの歌唱もとってもいいなと思ったし。後半に行くにしたがって結構内省的なリリックを歌ってると思うんですけど、それと彼女の今の表現がすごく合ってるなと思って、とてもいいアルバムだなと思いました。
後藤例えば、「チーム友達」一色刷りみたいな中で、こういうチャレンジって難しいと思うんですよね。これはもちろん「チーム友達」より前の音源ですけど、そういう大きな波が定期的にあって、そこに対するリアクション勝負というか、そういう部分はジャンル的にどうしてもあるような気がしていて。そういう中でも去年のIDさんみたいに全然違う切り口で、「やりたいことをやるんだ」っていう人たちはちゃんと評価したい気持ちがあるんです。ジャンル内での切磋琢磨みたいなことも楽しいし、重要なのはわかるから、ちょっと相対的な見方になっちゃうけど、昨年出たヒップホップをいろいろ聴いた中でも、このアルバムはハッとする音作りがあったんですよね。
蔦谷 このアルバム、すごく90年代の感じですよね。メアリー・J・ブライジとか、そういうのが流行ってた頃のサウンドなのは明確で、それをもっと今風にするにはどうするのかをみんな試行錯誤してると思うんですけど、そこに対するトライはすごく感じますよね。
福岡すごく気持ちがいい音像・音質・メロディーで、日常的にずっと聴いていたいなっていうアルバムでしたね。彼女は「ラップスタア誕生」にも出られてますが、実は内面にすごくキュートな部分がある方ではないかなと思っていて、こういうR&Bだとそういう部分も滲み出ててるというか、歌はすごく大人っぽいんだけど、親しみやすいところもあって、すごく寄り添ってくれるというか、そういう感じはありましたね。
有泉リリックと歌の表現における「孤独」の扱い方が上手いなっていうのはすごく思いました。さっき三原さんが言ってた星とクローバーのメタファーも、自分の中にある孤独だったり痛みみたいなものをどうアウトプットするのかっていう表現の形として秀逸だなと思うし。声のニュアンスのつけ方も含めて、とてもいいなって思う。
福岡声めちゃくちゃいいですよね。ハスキーで。
有泉「ラップスタア誕生」をきっかけに注目を集めたとはいえ、プロフィールを見たら、「10歳の時からゴスペルシンガーとして活動を始める」と書いてあったから、ラップよりそっちが先にあった人なんだなと思って。このアルバムを聴くと、彼女が本来めざしたい音楽をちゃんといろんなベクトルで表し始めてる作品なんだろうなと感じますよね。
5kai『行』
後藤この手のジャンルではブチ抜けてよかったですね。「ブチ抜けて良い」とか言いたくなるサウンドっていうか。ジャンル的にはポストロックとかポストパンクの系譜だと思うんですけど、音の配置がとにかく面白い。その手のバンドが自分たちのやり方でコーネリアスの『POINT』をやり直すみたいな音作りもすごく野心的でいいし、三重のスタジオで録ったっていうのもすごくいいなと思いました。こういうバンドはあんまりポストプロダクションに頼らないで、とにかく練習して、skillkills的な、ビートさとし的な妖怪力で持っていくみたいな、そういうミックスというよりは録音になりがちなんですけど、すごく不思議な演奏の記録の方法だなと思って。どうやって録ってどうやって混ぜてるのかな?みたいな。サンプリングしてるのか、演奏してるのか、ゲートコンプとかで閉じたり開いたりしてるのか、ノイズゲートみたいなので切ってるのかなとか、いろんなこと考えちゃう。わりとスポ根みたいにやってきた感じがあるロックバンドの録音の中で、もっとドライにかっこよくクールに録ってる。しかも、そうなるとグリッド的になるかと思ったら、上手によれてて、すごく肉体的でもある。野口くんとかと比べると、音像的に誰にでも優しいわけではないけど、全ての人を拒んでるようなフィーリングでもない、みたいなバランスもいいですよね。ちゃんとフックがあるっていうか、シェア可能なところに落とし込んでるのもよかったです。
Licaxxx私もめっちゃ好きでした。聴いて一瞬で「かっこいいな」って。楽譜にとらわれないルールみたいなのを、自分たちの演奏の中で適用してる感じというか、どうやって録ってるのか、作ってるのかはわからないですけど、楽器の会話が成立してる、成立させてるみたいな作り方がめっちゃ面白くて、アート的なテンションで聴いてる自分がいて。サウンドはロックな印象でありながら、アート的な印象というか、私空間現代とかもめっちゃ好きなんですけど、そういうところにも通じる感じがありました。
三原私は今の生活の中で、なかなかこの匂い立つようなムードにハマるシーンがなかったんですけど、夜、一人で車で走ってるときに聴いたらかなりハマりました。THA BLUE HERBを聴いてるときみたいな、ストイックな感じもした。
蔦谷 僕は4曲目の「祝詞」がめちゃくちゃいいなと思いました。これは技術とかを追い越してる感じがして、その衝動とエネルギーがすごく良かったですね。ただステレオ感とかも面白かったんですけど、今回の12作品を全部聴いた中で、特別な新しさはそこまで感じなくて、もっといい音で録れたんじゃないかと思っちゃったりもして。
後藤そこは僕と蔦谷さんの文脈の違いのような気がしていて、僕みたいなインディの録音の現場に張り付いてるやつからすると、めちゃくちゃいい音に感じるんですよね。その文脈の違いが面白いなと思いました。
蔦谷 昔NATSUMENってバンドをやってて、対バンでよくこの手のジャンル感のバンドと一緒にやっていたのでそう感じてしまったのかもしれないです。
後藤確かに、根っこの部分ではそのジャンルの先輩だからこそ、思うところもあるのかもしれないですね。
蔦谷 いやいやそんなことはないですけど(笑)。
有泉でも、作品全体だとグランジとか90年代オルタナティブとか、あるいはハードコアの文脈とかも感じるんだけど、でも「祝詞」はナイロン弦のギターで録っていたり、衝動の表現をいわゆる轟音に頼らない、そのアプローチはすごく面白いなと思いました。10曲目の「at the living room」も雨音のフィールドレコーディングに聴こえるけど、でもそれが変拍子のリズムになっていて、そういうところも面白いし、それでタイトルが「at the living room」っていうのも秀逸だなぁって。なんか、激情みたいなものを表現するときのアプローチがすごく冷めてるというか。その覚醒感、緊迫感みたいなものが逆にリアルに感じられて、そこが良かったです。
後藤グラニュラー系のシンセとかプラグインっていっぱいあって、演奏した音を勝手に再構築して鳴らすエフェクトペダルというか、そういうのを人力でやろうとしてるみたいな感じも面白いですよね。僕は録音の方法やアプローチを自分たちですごく研究したんだろうなってところを評価しました。普段、ロックバンドのドラムにマイクとか立ててる人間から見て、すごくワクワクしながら聴きました。
冥丁『古風Ⅲ』
後藤不思議な音像ですよね。奇妙だけど心地がいい、みたいな。ある種ノスタルジーを捏造してるというか、本当に懐かしいというよりは、概念の中を旅して、「懐かしい」っていうイメージが今一度湧き上がってくるような懐かしさだと思うんです。人間の脳の構造とか記憶のあり方を考えちゃうっていうか、「何でこういう音楽を聴いて懐かしい音と評しちゃうんだろう?『古風』ってタイトルだからなのかな?」みたいな。そういうある種の哲学みたいなもの、キャプションみたいなものはこの音楽にとっては大事というか、そういうコンセプトを楽しむ音楽でもあるように感じます。タイトルと音像の関係を考えたりするのも面白い。「江戸川乱歩」というタイトルでこういうアウトプットになるのはなんでなんだろう?みたいな、そういうことを考えさせてくれるのも素敵なところだと思います。
福岡昔の日本の音楽をオマージュすることはあっても、日本自体にフォーカスして、さっきゴッチさんも言ったように、概念を音にしていくのは珍しい。確かに懐かしさを感じるけど、でもその音昔にはなかったよなみたいな、不思議な感じがしたんですけど、そういう表現をやってる人は私はあんまり知らなくて、そこに関しては前衛的というか、すごく新しいことをやってるんじゃないかと思いました。あと私が今住んでるところの風景ににめちゃくちゃ刺さるというか、日本独特の湿度だったりがもうばっちり合いすぎて。これをBGMにして歩いてると、目の前のシーンが映画になるっていうぐらい、私の住んでる場所はこれを聴くのにぴったりなシチュエーションでしたね。アートワークも昔の日本にこだわってて、「失われた日本を表現する」っていうコンセプトだと思うんですけど、アートワークも音もすごく洗練されていて、「日本感」をこういうアンビエントで表現できるんだっていうことがすごく面白いなと思いました。
蔦谷 僕は「印象派」っていう感じがすごくして、エリック・サティの「家具の音楽」みたいな側面もあると思いました。手法としてはヌジャベスとか、もっと前だとトリップホップとか、そういったものの文脈だとは思うんですけど、でもヒップホップには聴こえない。さっきあっこさんも言ったように風景が浮かぶから、まさに印象派って感じがして、「富嶽三十六景」とか「東海道五十三次」とか、ああいう版画を見てる感じ。明治とか大正とか、そういった時代の絵が浮かぶ感じがするんですよね。あとは今回全体的にすごくクオリティの高い作品が並んでる中で、意図してない不協だったり、意図してないノイズが入っちゃってる作品がいくつかあったと思うんですけど、これはそれが一切なくて、わかった上で外してるのがこちらに伝わるというか、心地よい違和感がずっと続いていて、そこも本当に素晴らしいですね。
Licaxxx冥丁さんは結構前から聴かせてもらっていて、アンビエント感とか音質とか、不協の感じとかいろいろ好きな要素はたくさんあるんですけど、今回のアルバムを改めて聴いて、メロディーセンスやばいかもって思って。こういうメロディーが生み出せるのはトラックメーカー的には結構やばいなと思って、その塩梅がすごいなと思いながら聴いてました。あともともとWARPだったり、洋楽をたくさん聴いてたみたいな話がインタビューに載ってたので、逆輸入というか、外から見た日本を改めて考えてるみたいな印象もあって、それも面白いなと思いました。最初から日本について考えていたというよりは、外に憧れてた結果、日本にいる自分を見直したみたいな、中と外を行ったりきたりした結果、こういうのが見えたのかなと思って。
三原みなさんがおっしゃったことも含めてですが、私はこの静謐さがやはり魅力だなと思いました。この完璧なまでの静謐な感じは、追求されたものだろうな。仕事しながら聴くのが好きでした。クリアな気持ちになれるし、すごく集中できて。
有泉資料を見ていてすごく面白いなと思ったのが、「あそこに積んである段ボールの、あの雰囲気を音でどうやったら表現できるのかとか、段ボールのテープの部分のカサカサした感じはどうやったら出せるのか、みたいなことを考えながら音楽を作ってる」というお話をされていて。実際、景色とかそこにある感覚、それこそ日本特有の湿度だったり情緒だったりを音で表現するのが本当に上手だなと思うんですよね。目の前に広がる風景と、そこに息づく人間の営みみたいなものを、音という物語にしていくことにめちゃめちゃ長けているというか。だからどちらかというと、私は古の日本の風景を描写しているというよりも、そこに息づいてきた人々の歴史に想いを馳せているような音楽だなぁという印象を持っていて。素晴らしいなと思います。
後藤「日本的なものとは何か?」みたいなことは僕もすごく興味があって。僕らの普段聴いてる音楽がどこからやってきたかって、明治以降で文脈がガラッと変わって、ゲームチェンジが行われちゃったみたいな、そういうことを冥丁さんはどう考えてるのか、ちょっと話してみたいなと思ったりしましたね。