APPLE VINEGAR - Music Award - 2023

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選考会後編

大石晴子『脈光』

後藤やっぱり録音とミックスに耳が行く感じがします。もちろん曲も素晴らしいんですけど、録音が中村公輔さんでユニークですよね。『日本の商用スタジオで作りました』みたいなサウンドとはちょっと違うタッチの音楽で、それは折坂くんの音源を聴いてもわかる通り。でも、ただ録音だけがいいわけじゃなくて、サウンドのユニークさを飛び越えてくるボーカルとメロディーがあって、それは大石さんのシグネチャーだと思うし、そこが素晴らしい作品だと思います。僕の立ち位置からすると、どういう音楽を参照して作ってるのかがあんまりよくわからないのもいいなって。プロフィールには『出自はソウル』的なことが書いてありましたけど、もっと自由な音楽だなと思いました。

mabanua『ブラックミュージックっぽさって何だろう?』って考えてみると、ちょっとしたコードに対してのテンションのつけ方だったり、ボーカルのお尻の部分にブラックミュージックっぽさが表れる気がしていて。楽曲で言うと、僕が好きなのは“立ち合い”だったんですけど、これも出だしのコード感でブラックミュージックをちゃんと織り交ぜようとする意志がきちんと伝わってくる。ただ『mabanuaくん、これ絶対好きだと思うから聴いてみてよ』みたいに言われるときって、『99%ブラックミュージック』みたいなことが多いんですけど、僕は5~10%くらいそれっぽさがあればよくて、むしろそっちの方がかっこいいと思うことが実は多いんですよね。大石さんにはそれを感じたというか、この絶妙なバランスが逆にいいなと思いました。

accobin私もとても好きな作品でした。歌が演奏の中に編み込まれてるような立体感というか、優河さんのアルバムともまた違って、『寄り添う』というよりは、柔らかいけど強く絡み合っている印象で。

後藤考え方や組み立て方の順路がそれぞれ違って、そこが面白いと思います。バンドをやったことがないと見えづらいかもしれないけど、魔法バンドはその順路がよく見えて、大石さんはサポートしてる方とのやり取りの中から、アイデアを中村さんのところに持ち込んで、どう面白くしていくのかっていう順路に聴こえる。音楽とエンジニアの関係性も面白いなと思いながら聴けますよね。

三原全体的にすごく『まろやか』という印象で、聴いててリラックスできるし、心地いいアルバムだと思いました。これは後から知ったことなんですけど、クレオ・ソルの『Mother』が好きだって言及をされていて、私もコロナ禍で家で一番よく聴いたのが『Mother』だったんですが、あれを聴いてるときの感覚に近い感じがしていたのですごく腑に落ちました。もちろん2組は色々と違うんですけど、あっこさんもおっしゃっていたように、大石さんの声がひとつの楽器のようで、角がないというか、楽器との境界線が全然ないように感じられて、すごい声だなと思って聴いてました。

accobinあと歌詞の表現はすごく独特なのに、その匂いとか感触を『私も知ってる』と思わせてくれるような、感覚的に共感してしまう歌詞だと思いました。何度も聴くと自分の魂に素手で触れられるような作品だなと思って、『出自がソウル』っていうのはそういうことなんかなって思いました。歌詞に〈感動する〉っていう言葉が入ってる曲があって、この言葉を歌詞に入れてる人をあんまり見たことないなと思ったんですよね。〈感動する〉っていう言葉がその言葉以上のものになってるのを初めて体感して、そこにすごく感銘を受けました。

三原歌詞で言うと、そこに見えるものをそのまま描写してるように聴こえる部分もあれば、意味が分かりにくい並びになっている部分もあって、でもわからないままで全然いいというか、それが心地よかったりもして。ゴッチさんも『自由な音楽』とおっしゃってましたけど、メロディーも含めて独特で面白かったです。あとクレジットを見るといろんな方がアレンジをされていて、それぞれ自分でバンドをやっている人が『こういうアレンジをするんだ』っていう発見もあったりして。この感じでラッパーが入ってくるのも面白いなと思ったらお兄さんだったり、いろいろなパーツが彼女のシグネチャーの中に溶け込んでいるので、もっといろんな曲を聴いてみたいと思いました。

ゆうらん船『MY REVOLUTION』

後藤前作には『Chicago, IL』というタイトルの曲もあって、シカゴ音響系のフォークからの影響を連想しやすかったと思うんですよね。そこからちゃんと自分たちなりの進歩が積み上げられた作品だなと思いました。はっぴいえんど、サニーデイ・サービス、くるりとかに続く、日本のオルタナティブなフォークロックの最新の現在地というか、サウンドデザインにしても現代的なローエンドが鳴っていて、さっき言ったような文脈の一番新しいセンスを聴かせてもらったような感じがして、そういう音楽のファンの一人として楽しいし、素晴らしいと思いました。日本のバンドがこういう音でやるようになったんだっていうのは、10年とか15年前にさかのぼって考えると、感慨深いことだと思います。『グリズリー・ベアの新作が出た』みたいなことと変わらない感覚でゆうらん船の新譜を聴いてるというか。日本のこの手のジャンルはUSのインディと比べてももはや何ら遜色ない感じがして、頼もしく聴きました。

有泉前作もとてもよかったですけど、今回は一曲の中での移り変わりというか、ひとつの曲の中でどんな旅をして、どんな景色にたどり着くのか、みたいな時間芸術としての音楽という意識が感じられるアレンジとサウンドデザインだなと思っていて。リスナーが一曲の中で旅をしていくような感覚になれる音楽的な展開がなされているところが、とても素敵だなと思いました。何年か前に話題になったストリーミングのスキップレート問題しかり、イントロはできるだけ短く!みたいな性急な展開とか、特に日本の音楽だと情報量をいかに詰め込むかみたいな展開のものも多くて、それはそれで面白いんですけど、ある程度たっぷりとした時間の中で、音に導かれてゆっくりと視点や景色が変わっていったり、その結果、最終的に聴き始めた時点では想像してなかった場所に到達していたり、そういうことって音楽の醍醐味だと思うんですよね。そういう部分にも意識的になった作品なのかなと感じました。

後藤隙間の多い音楽は情報量が少ないのかって、そんなことはないと思っていて。隙間の多い方が、実は一音一音の情報量は上がってたりして、そういうことに着目できること自体が豊かなことですよね。

有泉そうですよね。ホントにちょっとした展開とか、ちょっとしたコードを入れるとか、そういうことでガラッと景色を変えることができるから。『一音をどう鳴らすか』っていうのは、大事なことですよね。

後藤チープな比喩ですけど、ラーメン屋の全部乗せとは違うというかね(笑)。出汁と麵だけで出てきた、みたいな。

有泉わかる(笑)。で、その出汁の中に、カツオ節のほかに何が入ってるのかな?とか探っていくのも面白いというか。ちょっとマグロ節を入れるだけで味が変わるし、そういうところがセンスや腕の見せどころでもあるというか。

後藤そうそう。さっきのmabanuaの言葉を借りれば、このバンドも裏地をしっかりと作ってますよね。仕込みからすごくしっかりしてるがゆえに、シンプルでも聴けるし、細かいニュアンスやエッセンスが生きてくる感じがします。

有泉ちゃんと選択をしてるんだろうなっていう感じがしますよね。「何となく」みたいなことだけでは作ってない。特に今作はそういう印象を受けました。

accobinゆうらん船は色がはっきりあって、すごく多幸感がある感じがしました。さっき有泉さんが言ってたように、旅の余白が結構あるんだけど、目指してるところがはっきりしてるので、私にはすごく強い作品に聴こえたんですよね。やりたいことがクリアだからこそ、一つひとつの楽器の音がそういう風に感じさせてくれたのかなって。あとは『スタジオから一回持ち帰って構築し直した』みたいな話があって、ベーシックがちゃんとしてるから、どんな作り方でもすごくバンド的で、全員がちゃんと関与してる感じもいいし、素晴らしかったです。

Licaxxxミニマルミュージックが好きな人も結構好きかもと思って聴いてました。足した後の引き算が上手くて、すごいバランスで成り立ってるなって。この感じのままJ-POPの大きいところまで行ったりしたら、日本の音楽もっと楽しくなるなって感じもしますね。あとこれは超フィーリングの話なんですけど、曲を聴いてたら今泉力哉監督の作品がパッと浮かんだんです。聴いててパッと映像が浮かんで、それがダイレクトに入ってくるっていうのが、私的にはすごく印象に残りました。

Laura day romance 『roman candles | 憧憬蝋燭』

後藤ゆうらん船と音楽的な文脈は近いんじゃないかなって感じます。くるりとかにも繋がっていくような、日本の素晴らしいポップスの流れというか。このバンドは録音がいいとか曲がいいとかよりも、歌詞がいちいち引っかかって、変わってるんだけど掴まれちゃうようなフレーズとか、面白い言葉が飛んでくるのがユニークだと思いました。ボーカル自体もいいんですけど、『この声でこの言葉を歌われると妙に引っかかっちゃうよね』みたいな、そういう魅力がある。こういう音楽がこういう音像で普通にリリースされる時代になったことにも感動を覚えつつ、やっぱり歌詞の部分がこの音楽をユニークたらしめてる感じがして、そこが一番よかったですね。

三原私もすごく好きでした。“wake up call | 待つ夜、巡る朝”をたまたま初めて聴いたときに、音がめちゃくちゃ気持ちいいなと思って。アコギの音も揺蕩うように聴こえるし、そこに入ってくるドラムの響きもめちゃくちゃ心地よくて、サウンドプロダクションのことは全然詳しくない私でも、ものすごくいいなと衝撃を受けました。アルバム全体を聴いても耳触りがすごく立体的で、バンドアンサンブルのバランスというか、それぞれの楽器の入れるところ入れないところ、絶妙なハーモニーとか、ありそうでないオリジナルな曲ばっかりだなと思って、すごく好きになりました。

mabanua今回の12組の中で一番ポップなアーティストだと思うんですけど、そのポップさに嫌味とかいやらしさが全くなくて、それって実は一番難しいことなんじゃないかなって、音楽を作っていていつも思うんです。あとやっぱりボーカルの井上さんがすごく魅力的で、どっしりしているというか、肝が座っている感じが曲を聴いてもMVを見ても気持ちいいんですよね。バンドの中の紅一点という立場って、女の子の魅力をより引き立てるような気がしていて、Laura day romanceを聴いて同じ感覚になったのって、音楽性は全然違うけど、JUDY & MARYとかカーディンガンズとかで。もし井上さんがソロでデビューしていたら、また違う魅力があったと思うけど、今みたいな見え方はしてない気がして、だからバンドメンバーあってこその井上さんだし、井上さんあってこそのLaura day romanceな感じがすごくして、それがちゃんと音に表れてるのもいいなと思いました。

三原あとはゴッチさんもおっしゃってたように、やっぱり歌詞ですよね。あどけなさを肯定するような優しい世界というか、ファンタジーみたいな感覚もあるんだけど、音からはすごく『生』を感じて。今を生きてる感じ。例えば好きな小説を読んでるときとかって、その世界に入ってる時間が私はすごく幸せなんですけど、Laura day romanceを聴いてるときもそういう感覚があって、すごく好きなバンドだなと思いました。

accobin 歌もメロディーも素晴らしいんですけど、歌詞はすごく気になる部分があるというか、ちゃんとトゲを持っていて、『今の何だろう?』って、ハッとさせられる瞬間がいくつもあって、根柢の部分に『気持ちいいだけじゃないぞ』っていうのを感じました。歌詞がよく聴こえるアレンジにしてあるなっていうのも感じたので、さっき勇希ちゃんが言ってたように、物語を読み進めていくような感覚で聴くことができるのは、歌詞がよく聴こえる影響もあるのかなと思いました。あと私最初全然知らなかったんですけど、バンド資料のところに井上さんが昔チャットモンチーを『狂ったように聴き続けてた』って書いてあって(笑)。歌とかメロディーが素敵だなと思ったのは、無意識にシンパシーを感じてたのかなと思いました。

後藤アレンジが絶妙ですよね。歌に合わせて作ってるのか、そういうつもりじゃないけど歌が強いから出てきてるのか、どっちが先かを考えるのも面白いようなアレンジと演奏になってるなと思いました。

―サウンドプロデュースは昨年ノミネートされたNo Busesにも関わっていた岩本岳士さんが担当されていますね。

後藤岩本岳士ワークはずっと面白くて、彼はバンドの溌溂とした輝きを取り出すのが上手というか、サウンドデザインだけではなくて、現場の空気をよくするのが上手なんじゃないですかね。音楽的な興味を実現させつつ、どうやって空気を濁らせないかをちゃんと考えてる。ケンカしてる現場は行きたくないですからね(笑)。みんなが朗らかに、新しい発見に驚いてる現場は楽しいですから、そういうのを上手にプロデュースしてるんじゃないかと思いますね。

the hatch『shape of raw to come』

後藤かっこいいですよね。オルタナティブロックというか、NO WAVEっぽさもありつつ、ミニマルなループもかっこいいし、でも思ったよりポップに聴けるところがすごくいいなって。ボーカルのmidoriくんはジャズ育ちで、アルバムのタイトルもオーネット・コールマンの『The Shape of Jazz To Come』のオマージュということで、確かにフリージャズっぽさもあるし、基本的にはエッジ―なバンドだと思うんですけど、衒いがないというか、そこまで屈託を感じないというか、排他的なニュアンスが少ないのがよかったですね。これを90年代的にやると、もっと聴衆を置いてけぼりにするような、『どうせわかんないだろ?』っていうような音楽になるイメージなんですけど、そんなことは全然なくて。尖ってはいるんだけど、ちゃんと人懐っこいところがある。それが非常によくて、素晴らしい作品だと思いました。

有泉前作は全体にもっとハードコアな要素が前に出ていて、今回もそういう曲もあるんですけど、それよりも現代ジャズ感が前に出てきていたり、中盤にはアフロビーツっぽさも入ってきていたり、幅と奥行きが広がったなという印象がありました。さっき後藤さんが言った『人懐っこいところがある』というのは私も感じるんですが、それって、ちゃんと踊れる音楽になっているということもあるんじゃないかなと。あと面白いなと思うのは、衝動的になりそうな音楽なんですけど、演奏はずっと醒めていて。変な言い方ですけどちゃんと演奏しているというか、学理的なところを押さえつつ、時にそこを飛び越えていくような部分があって、それが独特のテンション感を生んでるなと思います。熱に浮かされることなく冷静に醒めながらも、でもちゃんと熱い。前作も好きだったんですけど、すごくレベルアップしてるなと思いました。。

後藤真っすぐ生きてる人たちの音楽だなって思いますよね。

有泉ね、めっちゃ音楽と向かい合ってるんだろうなって。それぞれのテクに頼るというよりも、バンドとしても相当練習してるんだろうなとも思うし。

後藤わかります。生活態度はよく知らないけど、音楽に対しては誠実な感じがしますよね。

三原私はライブを何度か観たことがあって、毎回ホントにかっこいいので、それがアルバムの評価に乗っかってしまう部分もあるんですけど、ライブもアルバムもあがるポイントを絶対に外さないというか、すごく緻密に作られてるんだと思います。言葉にするのが難しいですけど……『緻密に爆発する』みたいな感じが他にはない部分で、衝撃的にかっこいいなと思います。

後藤その感じわかります。衝撃が先に来て、バーン!とやられちゃうというか。こんがらがったままやってるようにも聴こえるし、整理されているようにも感じる。言語化するのは難しいですけど、投げてきてるものをそのまま受け止めたくなりますよね。

Licaxxxライブを観ると一見カオスっぽいんですけど、絶妙なバランスで成り立たせていて、これが本当の『静かなる熱狂』だなっていうのをすごく感じます。他のノミネート作品を見たときに、みんなコロナ禍で内面世界と戦って、それを紡ぎ出して、絞り出してアウトプットしてる方が多いと思うんですけど、the hatchは内面世界と外面世界のコミュニケーションというか、アウトプットをして、そこで何が起こるのかを見ていて、フロアとのダイレクトな行き来を感じる。そこが他と大きく違うのかなって。あとmidoriは最近DJの現場で一緒になることがあるんですけど、midoriのDJが天才的なんですよ。

有泉midoriくんってDJだと何かけるんですか?

Licaxxxジャイルス・ピーターソンを筋肉にした感じっていうか。

有泉あははははは(笑)。

Licaxxxルーツにあるアフロビートとかアシッドジャズみたいなものを、いまのベースミュージックと混ぜて、すごい勢いでアウトプットしていくみたいなことを長時間やるんですよ。初めて見たのはmidoriがDJを始めて3か月くらいだったんですけど、『こりゃあやべえぞ』と思いました。リズムの取り方も独特なんですけど、でもちゃんと合ってて、『すごいの生まれちゃったな』って。それから1~2年経って、さらにどんどんすごくなってて、その感じもアルバムに入ってると思うし、これは現場の音楽だなっていうのを強く感じます。

春ねむり『春火燎原』

後藤非常に切実な音楽で、やりたいからやっている、ということがすごく伝わってきますよね。21曲に渡って、私たちの生きづらさにまつわる言葉がたくさん飛んできて、そこには『小さいものたち』というか、自分も含めたそういうものたちのエネルギーを信じつつ、社会に憤ってもいる。誰よりもパンクなんじゃないかっていうくらい怒ってるし、でも優しいし、アンビバレントな感じがリアルでいいですよね。『世界を蹴り飛ばす』みたいなことも言いつつ、『生きる』ということへのまなざしも強くある。作品の切実さという意味では、この時代に生まれたアルバムの中でも最も迫ってくる作品のひとつなんじゃないかと感じました。素晴らしいと思います。

有泉『言葉を司る歌い手としてのすごみ』を感じる作品ですよね。ポエトリーでもあり、ラップでもあり、叫びでもあるんだけど、そのどれでもないところに着地しているというか。と同時に、すごく緻密に作られてる作品だなと思いました。衝動的に聴こえるようなセクションもあるけど、言葉の強さや熱量だけに頼らず、フロウの表情とか、どんな声音で歌うのか、その時にサウンドはどんな表情をしているのかとか、そういうことを彼女自身が相当考えて作っているんじゃないかなって。言葉とその背景にある感情をどんなテンション、ニュアンスで伝えるのか、そこに向かってすべてのプロダクションが作られている印象があって、そこが素晴らしいし、それが結果、彼女の音楽をすごくユニークなものにしているんだと思います。

三原私はサウンド面では『ハードロックとポップと宗教音楽のアルバム』という印象を受けました。、単純に音楽としての快楽もあるし、言葉に共感する人にはすごいパワーを持ってると思うし、何も思わずには聴けないアルバムだと思いました。

後藤Licaxxxが以前の選考会で『新しいシンガーソングライターの形』みたいなことを言ってたと思うんだけど、もはやシンガーソングライターが『一人でここまでやっちゃう時代が来ちゃったな』みたいな、そういう驚きもありますよね。

三原すごくメッセージ性の強い作品で、どの曲も歌いたいことが明確にあるから、こういうサウンドになってる感じがして。曲の間に挟まれる宮沢賢治の詩とか、ドビュッシーの引用とかも、文脈から繋がりを楽しませてくれるような構造になっていて、一枚のアルバムとしてもすごく濃厚で強烈だなって。特に2曲目の“Déconstruction”はこのアルバムの幕開けと言っていいと思うんですけど、私去年ちょうど『脱構築』についての本を読んでいて。二項対立的な考え方を脱して、複雑なことを複雑なまま捉えるところから始めてこのアルバムを聴いていくと、パーソナルな感情のことも、今の時代の社会的なこと、環境のこととかも、違う聴こえ方をするなと思ったんですよね。だから一見カオスなアルバムなんですけど、すごく一貫してるなって。

accobin 強さも憂いも全部が声に集約されていて、まずそこに強烈なインパクトを感じました。怒りだったり、冷静で爆発的な感情が音と共鳴していて、彼女の人間的な強さと優しさがクリアに伝わる作品だと思いました。すでに十分なキャリアもあって、さまざまな表現力を持っているところはさすがだなと思います。

後藤『脱構築』は僕も不勉強だったんですけど、去年出た千葉雅也さんの『現代思想入門』がとてもわかりやすくて。

三原それです、私もそれを読みました。先生みたいにわかりやすく教えてもらえる感じでしたよね。

後藤そうそう。学のない僕にもわかりやすく哲学を解説してくれて、大学の授業を受けているような気持ちになりました。

三原ちゃんと今の時代と絡めて説明してくれますしね。

後藤そうなんですよね。そうした読書体験を思い起こしながら考えると、春ねむりさんのアルバムも二項対立的な語り方をせずに、思考の揺らぎというか、いろんな逡巡の中で聴くべき音楽なのかもしれません。三原さんの指摘でハッとしました。

Kei Matsumaru『The Moon, Its Recollections Abstracted』

後藤これはただただ、ただただ……いいレコードですね。いやあ、よかったなあ。言葉はそんなに雄弁じゃないというか、私たちのフィーリングは言語化しないと共有できないので、必死に言語化して、どうにか共有しようと頑張ってるわけですけど、こうやって音楽的な言語のまま放り出されると、フィールに直接入ってくるんですよね。悲しいとか楽しいとかを考えないまま感じることができて、持ち帰れる。それが音楽の魅力だよなっていうことを改めて感じられるようなアルバムでした。

mabanua僕も大好きなアルバムで、プロフィールを見ると、松丸さんはバークリー卒なんですよね。僕も音楽学校に行っていたので、よく話に出るんですけど、『バークリー卒感』ってすごくあるんですよ。『あの人バークリーっぽいよね』『だからか』みたいな。でもこのアルバムにはそういうバークリーっぽさが全くなくて、それがすごくいいというか、典型的な4ビートの感じではなく、フリージャズの攻めた感じがすごくよくて、聴いていてワクワクするアルバムだなって。

後藤もちろん聴き手の解像度によって、どう聴こえたかはそれぞれだと思うんですけど、やっぱり音楽は身体性だなっていうか、楽器の演奏はもちろん、フィルターの開け方ひとつにしても全部身体で、そこにはその人が普段何を感じて、何を食べて、仲間とどう過ごしたりしてるのかが全部出てくるんですよね。その一方で、『足が速い』みたいな身体性もあって、身体的な演奏能力に恵まれた人が我々の耳に音楽を提供してくれるのはすごくありがたいというか、イチローがヒットを打ったときに近いありがたさを感じるというかね。8曲目の音像とかもすごくよくて、実音はもちろん、そこまつわる倍音の広がりにも注目されてるし、ちょっとこれは……『ありがとうございます!』みたいな、至福のアルバムという感じがします。

有泉私も『これはものすごいものを聴いちゃったな……』っていう気持ちになるアルバムでしたね。すごく緻密に構築されてるんだけど、すごく自由でもあって。めちゃめちゃ細かい回路まで解像度高く見えるところと、すごく抽象的な表現が共存しているというか。情報量はすごく多いから、ともすると難解なものになり兼ねないんですけど、そういう風には聴こえない、身体的な気持ちよさがものすごくあるからとても心地よく、かつエキサイティングな気持ちで聴き続けられる作品になっているのもすごいなと。高い音楽的な教養と楽理を持っているからこその部分と、それに囚われることなくいろんなものを飛び越えている部分とどっちもあって……変な言い方ですけど、音楽の過去と未来を一緒に見てるような感覚を覚える、素晴らしい作品だなと思いました。

三原私は、すごく美しいアルバムだと思いました。最初Twitterで知って、なんとなく『ジャズの人なのか』と思って再生したんですけど、聴いてみたらいい意味で全くジャズにとどまらない感じがしましたし、とにかく美しいなっていう感想です。きめ細やかで、繊細に構成されていて、有泉さんもおっしゃってたように情報量は多いけど難しい感じはしなくて、聴いていてこの音楽がBGMになる瞬間がないんですよね。100%没頭する感じで、興奮したり感銘を受けたりしながら聴きました。サックスの音色もここまで幅があるのかと思ったし、作曲家としてのアイデアの豊富さも素晴らしいなと思ったし、何度も聴いてます。

有泉最終的な音の処理の仕方も相当面白いなとと思って。ミックスは佐々木優さん、マスタリングはStudio Dedeの吉川昭仁さんですけど、吉川さんが手がけたものって他と聴こえ方が違うものが多いような印象があるんですよ。今年出た君島大空のアルバムもそうでしたけど、他では聴けない面白さを感じる。

後藤ジム・オルークが2曲録ってるのもいいですよね。俺たちの世代だったら誰でも一回はやってみたいなっていう憧れがあると思います。

mabanuaあと一番声を大にして言いたいと思ったのが、メンバー構成のことで。金澤さんはレジェンドで、石井さんも大ベテランで、石若くんは言わずもがな、そこに石橋さんもいて、世代間の隔たりがないのがすごくよくて。僕今38歳なんですけど、20代前半と、50~60代の間に壁を感じることが結構あって、バチバチし合っている感じがするんですよね。音楽業界はそれほど多くない気がするけど、世の中の動きを見ているとそれをすごく感じて、僕の世代はその間に挟まれてるので、両方からそういう話を聞くんです。松丸さんの人選はそういうのを打ち壊すいい例だと思うし、家族っぽいところもあるというか。石若くんが兄弟で、石井さんがお父さん、金澤さんが親戚のおじさん、石橋さんがお母さんみたいな、そういう家族感というか、チーム感があって、それが音からも伝わってくるのがいいなって。

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