2021年3月10日。一都三県では緊急事態宣言が続く中、第4回「APPLE VINEGAR -Music Award-」の選考会がZoomで行われました。発起人の後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、ヒダカトオルさん(THE STARBEMS/GALLOW)、福岡晃子さん(チャットモンチー済/イベントスペースOLUYO社長)、Licaxxxさん、そして三原勇希さん(タレント)の5名が、審査員として参加しました。
「この賞も、無事に4回目を迎えられました。僕、賞というのは偉そうな顔をしたくてやっているわけではない、ということも伝えたいんですよね。何しろいい作品は常に、世界中で生まれている。自分は選ばれてないんだ、と思う人もいるでしょう。だから、発見できなかった人たちへの想いの方が強いというか、申し訳ないです。そういう人たちへの気持ちも、もちろん持っています。アワードとは権威の側に立つということなので、その責任、重圧、罪深さを味わいながらも、でも毎年賞金を贈れて、受け取った皆さんのさらなる活躍を眺めていると、賞にも意義があるんだとも思います。ですので今年も楽しく、10作品の魅力を審査員の皆で語れたら嬉しいです」
そんな後藤さんの言葉で幕を開けた、今回の選考会。1年ぶりに顔を揃えた5人が、4時間近くかけてノミネーションされた10組を熱心かつ丁寧に語るその言葉は、まるでそれぞれの作品に心からのエールを送るかのよう。同時に、APPLE VINEGARらしさも浮き上がってきます。今年も、どうぞお楽しみください!
文:妹沢奈美
Green Assassin Dollar “BLANKBEATTAPE”
後藤「音がいいですよね、とにかくね」
Licaxxx「そうそう、そうですよね」
後藤「今、注目のトラックメイカーですよね。本当にいいなと。彼は舐達麻っていう人気のヒップホップ・グループのトラックをずっと作っていて。ライヴ配信を観たことがあるんですけれど、SP404を使ってトラックメイクをリアルタイムでやったりと、すごく素敵でした。ラッパーに注目が集まっているのはとても良いことだし、かっこいい人もいっぱいいるんですけど、去年選出したSweet Williamも含め、トラックメイカーにもユニークな人がたくんさんいる。その中でも、Green Assassin Dollarのトラックは耳に残るなぁと」
ヒダカ「盛岡在住なんだよね。元々D Jだったみたいだから、そういう意味では、通常のミュージシャンみたいな考え方は良い意味で当てはまらないというか…ヒップホップにはJ・ディラみたいな、いわゆるビートメイカー、トラックメイカー兼プロデューサーみたいな、裏方的な人の話が…ヒップホップ専門誌とかでは語られていたんだろうけど、なかなか知る機会がなかったけど、今はオーヴァーグラウンドでもトラックメイカーのことが話されるようになって、Green Assassin Dollarはそれを象徴するような人だと思いました。音の感じも含めJ・ディラっぽいクールネス。あとこれを聴いて思ったのは、インストでヒップホップを聴くシーンって実はすごく昔からあるんだけど、我々が普段接しているお客さんやリスナーにこの良さを伝えるのは、すごく難しいなと。こんなにかっこいいのに、これを聴いて心や身体が踊りだしてしまう人が少ないのは、ちょっともったいないというか」
三原「インストですけど、これだけで完成しているのはもちろん、これだけで酔える一枚、って感じでした。匂い立つようなヒップホップの世界に引き込まれる。私も舐達麻がきっかけで知ったんですけど、ヒップホップのクラシック感もアンダーグラウンド感もある一方で、エレガントさとか、煙たさもあって。アルバムというよりミックステープのような感じもするんですけど、いろんな要素がさらに一曲の中で何層にもなっていて。ヒップホップで何度も使われてきた音色やビートも楽しめる感じでした」
ヒダカ「確かに、生音っぽい録り方もいっぱいあるもんね。録り方がすごく不思議」
福岡「どこかのインタビューでサンプリングだけって言ってました」
後藤「演奏的なサンプリングですよね」
Licaxxx 「SP404にぶち込んで、切り刻まれてた奴を叩いて並べてるんじゃないかなあ。私、7-8年前とかに共演させてもらってます。Naoto Taguchi名義の時にOILWORKSとかから出してて。その時によく聞いてたかな。Green Assassin Dollarの名義になってからは初めてちゃんと聞きました。」
ヒダカ「その時は、本人はラップとかはせず?」
Licaxxx 「そうですね、ビートとかヒップホップのDJでした。好きなもののテンションや吸収したものは今のビート作りに直結してると思います。」
後藤「SP404の音って良いですよね。好きだなって思っちゃう」
福岡「あんな使い方があるんだ、っていうくらい激しく、生楽器みたいにSP404を使っていますよね」
後藤「機材特性として多分、96KHzとかで出せないんじゃないかな。だから、ちょっとサンプリングレートが落ちるから、少し音がなまるというか…」
ヒダカ「粗くなる、というか」
後藤「うん。そこにノスタルジックな感じが宿って、良い質感になる。馴染みがいいというか」
福岡「メロウで、すごく好きな作品です。舐達麻の時と少し違うというか、人のプロデュースの楽曲の時はそれに徹していて、自分の時は瞬発的にテーマやコンセプトを見つけて、瞬間的にバッと詰めるのが好きな人なのかなと。すごく、クリエイターの香りがしました。仕事人、っていう(笑)。あと、ここでぶった切るんだっていうところで切っている。この方は全部の楽器ができるんですよね」
後藤「3歳からピアノも習ってて、ギター・ベース、ドラムも演奏できるそうですよ」
福岡「すごいですよね。それでもあえてサンプリングだけでこの作り方ができるって、相当センスがいるなと思います」
BIM “Boston Bag”
後藤「BIMはOTOGIBANASHI'Sから活動しているのでキャリアは長いんですけど、ソロとしてのブレイクスルーが、このアルバムで成し遂げられたんじゃないかと思いながら聴きました。彼の個性が爆発したように聞こえる。特にフックのメロディーがすごくいいですよね。メロディーセンスのある人なんだな、と。あと、エンジニアのチョイスもいいと思うんですけど、アルバム全体を通して音が良かった。ロー・エンドの響きとか。Illicit Tsuboiさんのミックスはもちろんユニークですし、後半の小森雅仁くん、ヒゲダンとかもやってる彼のミックスがハマってる。はっきりBIMの個性を打ち立てたアルバムという意味で、ものすごく評価が高いです。BIMここにあり、っていう作品になったと僕は感じました」
Licaxxx 「わかるな、その通りだと思います。なんか、すごく大人になったなというね(笑)」
三原「(笑)お姉ちゃんじゃん」
Licaxxx 「(笑)昔から見ているから、自分なりのポップさとヒップホップのあり方みたいなのを、今回しっかり形にしたんだなと。高城晶平さんとか出てくるのも意外だったし。うん。今回のは特に色んな面でプロデュース能力がすごく高いと思いましたね。変遷を勝手に見てるので、大人になったなと(笑)」
三原「BIMくんの作品はおもちゃ箱みたいな楽しさがいつもあって、しかもいつも作り込まれていて。クオリティ高いですよね。その中でも今回は特に、サウンドも客演も華やかで勢いがあって、踊れる楽しいアルバムになっていると思いました。リリックではうまくいかないこととか葛藤を歌っていても、このアルバムに入っていると楽しく聴けるような空気がある。その中でも高城晶平さんが参加している”Tokyo Motion”と言う曲のドライブ感やラップのフロウは、新境地だし最高だと思いました。前回のEPも好きだったんですけど、パーソナルな苦しみもリリックにユーモラスに描かれていて、私はその時にBIMくんのキャリアが一歩前に進んだと言う感じが、いちリスナーとしてありましたね」
ヒダカ「OTOGIBANASHI'Sはもうちょっと、メロウと言うか、トーンが落ち着いているもんね。OTOGIBANASHI'Sはメロウをやらなきゃいけない、みたいな縛りはないんでしょうけど、表現の発露としては違うものだからソロをやっているのかな、と。No Busesみたいに、ガレージというか、一見親和性のなさそうな人たちとちゃんとやってて、しかも彼が自らオファーして一緒にやったと何かで読んだんです。ヒップホップ側から声をかけているところに、アンテナや意識の高さ、あと聴いている音楽の幅広さがあって、すごいと思った。2000年代初頭だとみんなで気合いを入れてヒップホップと歌物を並べるところまで持っていっていたものが、今はこれだけナチュラルに、ほぼ個人の力でやれるのも、すごい。とてもポップですよね。これが今のポップだなと思いました」
後藤「この賞の特性上、ハードコアなヒップホップは上手に評価できないところがあると思うんです。ヒップホップのヒップホップ性については、別に語る場所があると思う。逆にBIMくんは、語ってもらう場所を探すのが難しいように感じます。横断的なメディアや場所って少ないですから」
Licaxxx 「うんうん、確かに。文脈が難しいんですよね。SUMMIT以外で、近いムーブメントや文脈が語れない。どこのカテゴリーにもはまらない感じがあるから」
後藤「僕は、シンパシーをすごく感じる。のび太顔でロックシーンに出てきちゃった自分を思い出すというか(笑)。ブランキー・ジェット・シティやミッシェル・ガン・エレファントがロックだった時代に出てきて、あんなのロックじゃなくね?って言われてましたから(笑)歌詞にある『俺はのび太でkZmはジャイアン』みたいな対比とかもわかるというか」
福岡「BIMさんってめっちゃくちゃモテそう、って私は思いましたね(笑)。バンド目線だからかな?」
三原「(笑)どういうところでそう思ったんですか?」
福岡「ラップで、そんなこと言っちゃうんや、みたいなところ。…あれ、これは好みの問題かな(笑)。弱さを見せてると言うか、俺がのび太でって言うところもそうなんだけど、それを言われちゃったら、キュンとなりません(笑)? 掴まれますよね。あと、さっきゴッチさんが言ったみたいに、メロディーがめちゃくちゃいいんですけど、決してパーン!って歌い上げるようなところがない。このテンションで、めっちゃいいものを持ってくるのが、すごくかっこいい、のび太だとしてもお洒落だし、音がきめ細やかですごく優しい」
後藤「Licaxxxもヒダカさんも言ってたけど、ミキシング・エンジニアの並びを見ても、すごくプロデュース能力が高いと言うか、アンテナが立っている人だという感じがしますよね」
Licaxxx 「うん、プロデュースの賞とかあげたいですよね。ヒップホップの文脈で賞を取れなかったりすると、全然納得してないんじゃないかな。評価のポイントが違うと思うんですよね」
後藤「ヒップホップの文脈で語りやすいフックがないのかもしれませんね。とりわけて不良な感じでもないし、文化系の雰囲気を感じますし。そう言う意味でも、ここは語るにふさわしい場所だと思うんです。APPLE VINEGARで、彼にちゃんと称賛の声を送ってあげたい。めちゃくちゃ胸を張ってやって欲しいです、かっこいいので」
LEX “LiFE”
後藤「LEXはクオリティが高いですよね。全方位にすごい。新しい時代なんだと思いましたね。ロックスター感もある。ラップも上手い。こんなタイミングで発語できるんだっていう身体能力にも憧れます。ビートに合わせて思ったところで声が出る、ってすごい才能なんですよ。やりたいと思っても何ミリセックかズレちゃう、みたいなことはヴォーカリストにはよくありますから。セルフプロデュースでここまでのクオリティの作品を仕上げるのも、すごい」
ヒダカ「まだ若いんだよね」
後藤「うん。年齢についてことさら話すのは危険ですけど、それにしても18歳でこれを作る?って。完成されてるように感じる。あと最近、トランスジェンダーについてのリリックが問題になっていたけれど、自分は責任ある立場だから取り下げる、ということもありました。そう言えるセンスも新しいし、そうした姿勢から学ぶことがあります。しかし、衝撃的ですよね、かっこいい」
ヒダカ「年齢を言うのはゴッチの言う通り諸刃の剣ですけど、でもほんと、今の時代のニルヴァーナだなと。歌ってる内容もそうだし、でもユーモアもちゃんとあるから、重いだけじゃない。90年代後半〜00年代初頭のメロコア、エモコアを今に置き換えたら完全にこれだな、と思いました。今、俺が中高生だったら、バンドやんないで、絶対にDAWやサンプラーを買ってこういうことをやりたいって思うだろうな、そういう存在だなと。だからもう優勝です、気が早いけど(笑)」
後藤「時々耳に入ってくるアンビエンスのあるギターもいいですよね。フランク・オーシャン以降的と言うか、全部サンプリングかと思ったらギターが…アンプで録ったのかプラグインかわからないんですけど、サウンドが面白い」
ヒダカ「ロックだよね。聴きようによっては、すごくロックに聞こえるところがたくさんある」
後藤「確かに、ロックっぽく聴こえるところがありますよね。実際、新しいニルヴァーナみたいな存在ですよね。若い子たちが憧れる理由がよくわかるというか」
福岡「最初に聞いて、とにかく表現力がずば抜けているなと。あと、音が非常にいいなと思いました。曲を聴いた後で彼が18歳だと知ったんですけど、まじか、と(笑)。やばい、ちょっとこれは、審査するのをやめようかなと思いました」
一同「(笑)」後藤「我々、偉そうなこと言えないよね」
福岡「あと、アルバムごとに全然音が違うというか、アプローチが違う。今はこういうのが作りたいんだ、というのがすごくあって。自分らしくやろうとかより、今好きなことを存分に入れまくっていて、そこにみずみずしさがある。99%が水分で、満ち満ちている、みたいな。音の抜けの良さもびっくりしました。すごくきれいにLowが出てます」
Licaxxx 「私は、KMすげえなと思いました。KMがマスタリングとボーカルのミックスで入ってるんですけど、やっぱ日本のヒップホップを支えるのはKMじゃないかと。彼はかなりいろんな人をやってますけど、やっぱ、このクオリティになるのはKMのおかげだと思いますね。もちろん、LEXのトラックのセンスは抜群なんですけど」
後藤「KMさんがこのジャンルのサウンドメイクのキーマンなんですね」
Licaxxx 「そうですね。いろんな人のビートメイクをやったりしてます。あと、LEXはやっぱり気合いが違うなって感じがしました(笑)。これを全部一気に作って詰めるって、気合いをすごく感じませんか?」
三原「本人は気合いだと思ってるのかわからないけど、わかる。勢いがありますよね。ラップスターとロックスターの近さって、Licaxxxが言った気合いみたいな、存在感の部分だと思うんです。LEXはすごい存在感がある。あと、フロウがかっこいい。声の出し方、英語の混ぜ方、あと言葉の並べ方もオリジナル。自分のフロウを持っているのは強いな、と思いましたね、どんなトラックも自分のものになるから。例えば ”Romeo & Juliet”はすごくファンクでポップなトラックで。この曲がこのアルバムにはいるんだ、って少し意外だったんですけど、やっぱりLEXが歌うとめちゃくちゃかっこよくなっちゃう。歌詞にも一行で虜になるフレーズがたくさんありました。しかも、これだけの若手のラッパーが集結しているのも、彼の魅力ですよね」
後藤「うん、好きな曲がいくつかあるけど、”HAPPY”とかもめちゃくちゃ気分が良くなる(笑)」
三原「そうなんです、単純に上がるんですよね、聞いてて」
後藤「曲によってはチャンス・ザ・ラッパーから感じるヴァイブスと同じようなものを感じる。僕はやっぱり、こういうポップさは誰でも出せるものじゃないと思うんですよね。ポップなものって、難しい。ポップを目指すと、些細な間違いでダサくなったりする。LEXはバランス感がいい。ポップを目指すときのドレスコードがある、と言うか外さない。そんな感じがすごく好きですね」
ゆうらん船 “MY GENERATION”
後藤「こういうフォーキーなサウンドから自分が連想するのはウィルコとかなんですが、ゆうらん船は、新しい音像に着地している感じがする。ローのボトムもしっかりあるし、ピアノの音も豊かに感じる。僕のスタジオが振動するような重低音もあります。すごくいいサウンドデザインですよね。ミックスは濱野泰政さん。2019年にのノミネートされたGateballersのアルバムと同じ方ですよね。新しい日本のフォークのサウンドとしてすごくかっこいいし、曲もいいですね。好きです」
福岡「彼らがフォークとかカントリーをベースにしていると言われるのは、メロディーとバンドサウンドだと思うんですけど、聞いていると、難しいコード進行をしてる。で、展開にはサイケデリックなところもあって。クラシック畑の方がいるんですよね、ピアノの永井さんがクラシックのコンポーザーをやってらっしゃる。あとジャズもあるから、一筋縄じゃいかない。それでいて、親しみやすく落とし込んでいるところに、魅力を感じます。難しいことですよね。突き詰めすぎると苦味が出ちゃうようなことも、ものすごく飲み込みやすくしてくれていて」
ヒダカ「音数も、そんなにめちゃめちゃ多いわけじゃないんだよね。シンプルなアレンジだったりする。我々だと、不安だからアレンジを積んでいくような作りやコード感になるんだけど、それをしていないのがすごいなと思いました。だから、プログレっぽいなとも思いましたね」
後藤、福岡「あー、なるほど」
ヒダカ「フォーク感もあるんだけど、ボン・イヴェール以降の、プログレもピンク・フロイドもあり、みたいな…海外だとレディオヘッドのように、ちょっとドローンで、インテリジェンスと難しいことを、シンプルな演奏でやるロック・バンドが多いなと思っていたんですけど、日本にはそういう人はあまりいないなと。そうしたら、ゆうらん船はめちゃくちゃピンク・フロイドじゃん、と。直接的にはピンク・フロイドよりも音響的なバンドの影響なんでしょうけど。でもそういう意味でも、サニーデイ・サービスに憧れてフォーキーなバンドをやる文脈とは、今はもう全然違うんだなと」
福岡「確かに。幹がそっちなのかもしれない。幹がプログレで、生えている枝がフォークなのかも」
後藤「文脈的には海外のインディー・フォークを感じます。“Chicago, IL”というタイトルの曲で始まりますからね」
ヒダカ「確かに。で、仕上がりは細野さん的なシンプルさというか。すごく不思議。本人の音楽を聴いてなくても、サニーデイやYMO以降のものからの影響もあるだろうしね」
三原「避けては通れないところですね。私はこのアルバム、自由でいいなと思いました。最初に聞き始めた時の印象が、どんどん聞き進めていくうちに変わっていくのがいいなと。どんどん性質の違う音が入ってきて、その配置も面白いんですよね。LとRで全然違う音が聞こえてきたり。テンポも最初と途中で違ったり、かと思いきやすぐそのルールも手放す、みたいなところが聞いていて楽しかったです。あと、ピアノがよかったですね。ワルツという曲が好きだったんですけど、不気味さを感じさせる音階と、途中すごくきれいなポップなところもあって、でもまた戻っていったり。アルバム全体としては、なんとなくスクラップブックみたいな印象を受けました。好きな要素とか、イメージが沸いたものをどんどん自由に切りはりしている感じ」
ヒダカ「でもポップに聴ける、という」
三原「そうそう」
後藤「こんなビートチェンジがありました、みたいなことをやっているのに意識しないで聞けるんですよね。それってすごいことですよね。本人たちはそれをフックとして用意しているわけじゃないってことですから。技術が高くないとできないですよね」
Licaxxx 「私は、ミックスでしっかり遊べているのが、”音を楽しむ”音楽してていいなと思いました。メロディーとかみたいに、基本的な、最初に入ってくる要素にとらわれずに作っているから、勝手にフォークやらなんかのカテゴリとかにはめて語ってくれるなみたいなのも感じましたね。確かに”Chicago, IL”という題名からもシカゴ音響系の影響もあるのかなと勝手に思ったんですけど、本当かどうかはわからない、くらいな感じ。それでいて、やはり聴き心地が良い。センスは勿論だと思いますが、メンバー内のテンションの良さがあるのかなと思いましたね。だから、相対的な評価は下さない方がいい音楽なのかなと。そこにただあるだけでいい音楽、のような気がしました」
後藤「面白いという言葉がことさら脳裏を過らなくても、耳が『おー!』と感じるような。『今すごいローがきた』、とか、体と耳で喜びながら聴きました。めちゃくちゃいいバンドだと思います」
角銅真実 “oar”
後藤「クオリティがすごく高いですよね。音がとてもいいし、各楽器の演奏も素晴らしい。いろんな人の素晴らしい仕事の集合体として聴けます。ハッとさせる言葉も、たくさんありましたね。自分がいずれ去っていく、みたいな視点がグッと来ました。素晴らしい。いろんなシンガーソングライターの作品が男女問わずあるなかで、全然角度が違うし、とてもユニークです」
三原「めちゃくちゃ良かったんですけど、この良さを言葉にするのが難しい」
福岡「うん、わかる」
三原「ね。だって『いい』じゃん、みたいな感じなんです(笑)。みずみずしいなと思いました。最近『となりのトトロ』を映画館で見たんですけど、その時に感じたような、生活のなかで当たり前の普通のものにある、生き生きした感じやみずみずしさを、すごく伝えてくれるアルバムだなと。素材の美しさが、アンサンブルの美しさでさらに引き立つ、みたいな。音の鳴り方もすごくプライベートな感じがするんですけど、それが心地よかったです」
後藤「ラップトップっぽい音も入っているけど、僕のスタジオとかアッコちゃんの自宅の作業場では絶対に録れない音が入ってますよね。リッチな響きがあるんですよ」
Licaxxx 「そうそうそう」
福岡「美しいアンビエントですよね」
ヒダカ「この参加メンツだと、全部が生演奏でやれちゃう気もするし。確かに、不思議なサウンドだよね」
三原「やっぱり、こういう音で録ったり、こういう音を出したりするのって難しいんですか?」
後藤「まず録音って本来はとても難しいんですよ」
Licaxxx 「私、録りがめちゃくちゃ綺麗だなと思ったんです。録りが、すげえ」
ヒダカ「生楽器の比重が大きいからね、録音も難しかったと思う。音決めにすごく時間をかけてそう」
後藤「レコーディングの現場に何年もいて思うのは、一番大事なのはやっぱ演奏なんですよね。まず、演奏がうまいこと。次に、音に近い順に良くしていくと良くなる、って言われるんです。もちろん、マイク、アンプ、ケーブル。機材の話はさておいて、このアルバムを聴くと、録る技術って大事だなと改めて思います。何と言うか、本物のスタジオワークを聴いた感じがしますね」
ヒダカ「僕、細野晴臣さん的なことが今また評価されているという流れで考えると、これはむしろ坂本龍一さんだな、と一聴した時に思ったんです。ポップ・ミュージック以外の人がポップ・ミュージック的なことをする斬新さ、と言うか。もちろん坂本さんの文脈とはあまり関係ないところでやっているんでしょうけど、この人がさらに、狙ってポップ・ミュージックをやったとしたら、ものすごく異形のすごいものが出てきそうだなと。そういう、いろんな想像が膨らむ素晴らしいサウンドでした。大貫妙子さんっぽいところもあったりして。声質の近さとか、いい意味でのテイストの近さとか。本人は意識してないんだろうけど、狙わずにシティ・ポップみたいなニュアンスも出せちゃっているから、恐ろしい才能だなと思いました」
後藤「角銅さんは作曲家でもあると思いますけれど、これまでは打楽器奏者のイメージを強く持っていました。ceroのサポートとか、この間も東郷清丸くんのバンドでめちゃくちゃ楽しそうにパーカッションを叩いてましたし」
ヒダカ「確かに、このアルバムには打楽器奏者感は出してないよね」
福岡「そうなんですよね。リズムがないところもありますもんね」
後藤「そうやってアウトプットが色々あるのが、この世代の羨ましいところですよね。参加しているミュージシャンの石若駿くんとかもそうなんだけど、いろんなことができる」
ヒダカ「うん、石若くんに参加してもらうとなると普通にドラムを叩いてもらおうとなりそうだけど、そういうところじゃないんだろうね、きっと」
Licaxxx 「私は最初にやっぱり、録りがすごいなと思った。本人やメンバーの持ち合わせた要素をすごく丁寧に編み上げて、2020年にしっかり出しましたっていう感じがしましたね。特別な目新しさとかを求めているわけではないというか。ちゃんと良いワークスを、ちゃんとやるという感じがしました」
後藤「そうですね、良いミュージシャンがいい録音でいいアルバムを作るっていう、シンプルな良さ」
Licaxxx 「そうそうそう。シンプルに、素敵なものだなと思いましたね」
後藤「それぞれの技術の鍛錬とか、その音楽に対する学習とかそういうのを含めて、費やされた時間のことを考えると気が遠くなる作品ですよね。多分。全員がものすごく練習してきてるし、でも、何の疑問もなくそれをやってると思うんですよね。ミュージシャンだから、当たり前のこととして。だから、パッション一つでは超えられない作品というか。もちろん情熱はあるんですけど、積み重なっているものが違う(笑)。すごく分厚い地層を見ているような作品ですね」
福岡「本当にそう。確かに、地層を見ている感じがするなと思いました。ぱっと登れるようなものじゃないなと。それを感じさせずに普通に聞かせているのが一番すごい。自分も演奏する身として、本当に尊敬します。」