APPLE VINEGAR - Music Award - 2020

受賞者インタビュー 三船雅也(ROTH BART BARON)×後藤正文

文:金子厚武 撮影:山川哲矢

――まずは三船さんから受賞に対するコメントをいただけますか?

三船こういうのあんまり経験ないから、「もらっちゃっていいの?」って気持ちも正直あるんですけど、でもホントに嬉しいです。暗いニュースが多い昨今ですけど、勇気を持って、手放しで喜びたいと思います。

後藤ロットのアルバムは前作での経験やトライ&エラーがそのまま生かされていて、バンドが脱皮して、羽ばたいていく感じもちゃんと閉じ込められてるなって。凍てつくような世界観なんだけど、包み込むようなフィーリングがあって、厳しい歌詞であっても、突き放すものではないのがよくわかるというか、巻きこむエネルギーをすごく感じる。この人たちが賞金を手にしたら、もっと面白いものを作ってくれるんじゃないかっていう希望もありました。

――後藤さんは選考会のレポートの中で、「サウンドデザインが美しい」と感想をおっしゃっていましたね。

後藤世界的にサウンドデザインを更新して行かなきゃいけないフェイズに入ってるのは明らかで、でもまだロックバンドは上手くアジャストできてないと思うんです。例えば、Green DayやFoo Fightersみたいなバンドは、今の流れに合わせるのがすごく難しいと思う。みんなそれぞれ試行錯誤して、答えを探してる中で、ロットの音は世界のインディフォークの中で見ても上手く行ってるなって。「デジタルの領域だと音域をこんなに広く使えます」みたいなのは、宅録の方がやりやすかったりして、バンドは難しいにもかかわらず、それがちゃんと実現できてるのは、それだけ研究してるってことで。マスタリングエンジニアにクリス(・アセンズ)を選んでるのもすごいしね。

三船ゴッチの新譜もクリスのマスタリングだもんね。

後藤ロットの音源聴いて、「このエンジニアはすごい」って思ったら、今年のグラミーにもノミネートされてて。

三船ロットの音楽をミックスしたりマスタリングをすると、グラミー賞獲れるみたいです。

――ミックスのジョナサン・ロウとL10Mixeditもグラミーエンジニアですもんね。こうしたエンジニアのチョイス含め、三船さんはアルバムのサウンドデザインについて、どんなポイントを大事にしましたか?

三船それこそGreen Dayの時代からすると、コンピューターってものがどんどん身近になって、今ではみんなが毎日ネットと繋がってる中で、ソフトウェアもどんどん進化して行って、ある種、古き良きレコーディングシステムは脅かされつつあるというか。僕もゴッチもよく使ってた、スタジオグリーンバードもなくなっちゃったわけだし、古き良きレコーディングサウンドに育てられた身としては、すごく寂しい。でもその一方で、僕はDTMネイティヴな世代でもあって、その恩恵を受けてきたのも間違いなくて。なので、有機的なものとデジタルなものに常に挟まれて生きてる自分をそのまま音楽で表現するには、一体どうしたらいいんだろうっていうのは毎日のように考えてました。今のソフトウェアって、すごくよくできてるじゃないですか?

後藤そうだね。

三船最近日本のバンドの音がすごい外国っぽくなっていいねって言われてるけど、あのソフトウェアを作った人たちの功績がとても大きいわけで、ただプリセットを使うだけだとその人たちのアイデアを超えられないっていうか、ミュージシャンが開発者に負けちゃう。その音を消化して、自分の音を作らないと、アプリを作った人にも恥ずかしいし、そのまま使って「自分の作品です」っていう のはどうにもしっくりこない。なので、いろんな国に行ったり、エルトンやクリスにアプローチしたり、そういうことをずっとやってきて、それをゴッチに気付いてもらえたっていうか。でも、そこまではホントにトライ&エラーの連続で、お願いしてダメになる可能性だって十分あったから、毎日ドキドキで作ってました。

後藤DTMとスタジオワークのいいとこ取りな感じはすごくする。さっきGreen Dayの名前を出したのは、クリス・ロード・アルジ的なものって、スタジオ録音のひとつの最高峰みたいなものとして、太い柱だったわけで、それが古くなるっていうのは、結構な出来事だと思うんです。そういう中で、グリーンバードで録音する一方、プラグインの恩恵も受けつつ、オリジナルなものを作ろうっていう心意気にはすごくシンパシーを感じるし、めちゃくちゃ勇気をもらいますね。あとロットが賞を獲ってくれて個人的に嬉しかったのが、この手の音楽って、ホント日本で聴いてる人が少ない印象があって(笑)。

――いわゆる「インディーロック、インディフォーク」の文脈ですよね。」

後藤日本ではホールツアーまで膨らまない感じがあるっていうか。サウンドのキャパシティ的には最低でも小ホールで回れたら、やりたいことがちゃんと表現できて、いろんなところが幸せになると思うんだけど、でもその地場がない。「WILCO的な音楽を日本でやっても、好きな人全員集まって5千人くらいだから、それはきついよね」みたいなことを友達と冗談で話すんですよ(笑)。もう少しね、スポーツ化しなくても、じっくり聴いて、じんわり盛り上がって、最後にちょっと手を上げたくなるくらいの音楽に市民権があるといいなって。日本では「ライブハウスでがっつりコール&レスポンスするのがロック」みたいな太い柱があって、もちろん、そういう音楽へのリスペクトもありつつ、片仮名の「ロック」に巻き取られない人たちも、ちゃんとみんなで楽しめるようになるといいんだけど。

三船エレキギターを買えなかった世代の人たちが、四畳半フォークで一世を風靡したように、日本とフォークソングって馴染みはいいと思うんです。僕がはっぴいえんどを初めて聴いたときって、「アコースティックバンドかな?」と思ったし、言ったら、スピッツもそれに近かった。アコースティックギターを持ってるのが普通だと思って音楽を始めた世代だから……ここまでその土壌が焼き尽くされてるとは思ってなくて。でも、もともと僕らはいわゆるJ-POPとも、外国かぶれしたいだけの人たちとも違って、自分達は真ん中にいたいというより、第三の道があるんじゃないだろうかと思ってずっと手探りでやってきた。ホントに誰からも反応なくてがっかりしたこともあったけど、こうしてゴッチに気付いてもらえて、賞をいただけて、やっててよかったなって。ただ、まだまだ僕らのことを知ってる人より知らない人の方が圧倒的に多いわけだから、そこはあきらめずに、WILCOが好きな5千人だけで集うんじゃなくて、70億人をどう振り向かせるかを、自分たちのやり方で考えてやっていて。それこそ、去年ゴッチがツアーに呼んでくれて、アジカンのお客さんの前で演奏させてもらって、普段は僕らみたいなジャンルの音楽は聴いてないかもしれないけど、何かタッチできた手応えがあって、そういうのをゆっくり積み上げて行けたらいいなって思ってます。

後藤Zeppで映えてたもんね。音楽の規模的には、Zeppで聴いたらバッチリですよ。

三船まあ、小さい箱でも大きい箱でも、自分たちのサウンドが大きくなるようにはデザインしていて。

後藤そうだね。渋谷WWWで観たときも、アンディ・シャウフを観たときと同じような感動が得られたから、上手くアジャストできてるなって思う。バンドの実力はライブを観ればすぐにわかるから、素晴らしいとしか言いようがない。あと俺最初のアルバムから聴いてて素敵だなって思うのが、こういう音楽を日本語でやってるってことで。だから、さっきのJ-POPと洋楽かぶれの真ん中って話は腑に落ちるっていうかね。さっき「全然反応がないときもあった」って話だったけど、僕らもそもそも土がないから、みんなで土作りからやらなきゃいけないと思ってやってきて、ロットがいるのはすごく心強いっていうか、全然違う音楽だけど、似たこと考えてやってるぞ、みたいな。別に海外のモノマネをしたいわけじゃないからね。自分は普段から日本語で考えてるから、自分の心象風景を綴るときに、どうしたって日本語が一番早くアクセスできるわけで。そこを手放さずにやってきたからこそ、もどかしかったっていうのもすごくわかる。でも、僕らの頃なんてUKロックのバンドの前座をやったら、マジでお客さんがアスファルトみたいっていうか、土ですらない、種すら入れるところがない、みたいな(笑)。

三船タフだなあ(笑)。

後藤でも、ときどきそのアスファルトに割れ目があって、そこに種が2~3粒落ちて、「アジカンやるじゃん」って気づいてくれる人もいて。そういう意味では、時代が進んで、いまは「よかったらいい」っていうお客さんが増えた気がする。だから、ロットもちゃんと出る場所に出ていけば、がっちりつかめる気がするんですよね。

――選考会のレポートでは、日高さんから「ジェンダーレス」というキーワードも挙がっていました。それについてはどう思われますか?

後藤どうなんですかね……俺は取り立ててこれがジェンダーレスだと思って聴いてはいなくて、ボン・イヴェールの話も出てたと思うんですけど、ファルセットだからどうってわけでもないと思うんですよね。

三船ボン・イヴェールは内容めっちゃマッチョですよね(笑)。

後藤ただ、世界が共有した方がいいよねって言われてるダイバーシティみたいなものに対しては、三船くんたちが同じ関心を注いでるのはよくわかる。ボン・イヴェールの話でいうと、この間の来日でチケットがオークションになったんですよ。

三船女性支援団体に寄付するための。

後藤それを買ったのが三船くんだったんです。寄付するために、競り落としてるわけ。

三船自分が楽しい思いをするためのお金がいいことに使われて、オマケもついてくるなら、いいことしかないと思って。

後藤危なかったのが、俺スケジュール空いてたら、三船くんと競り合うことになってたかもしれない(笑)。俺そのオークションの記事お気に入りにしてて、誰もいなかったら、俺が落とそうと思ってて。でも、あとでTwitterを見たら、落としたのが三船くんだって。

三船「Monchicon!」に暴露されたんですけど(笑)。

後藤だから、ジェンダーレスって話で言うと、サウンドどうこうじゃなくて、彼のスタンスに表れてるっていうか。だって、普通にチケット買って行けばいいのに、そこでお金を使いましょうっていうのは、意思が見える。本人は黙ってて、知り合いに暴露されたっていうのも、すごいいい話だなって(笑)。